(一)勝利報告ではなく敗北記録
◆ 勝利報告ではなく敗北記録
魔王城の奥には、玉座の間よりも冷たい部屋がある。
戦略会議室。
黒い山脈に囲まれた魔王城の、さらに内側。窓の外に見えるのは、月光を吸い込んだような岩肌と、雲の影だけだった。
部屋の中央には、黒い石で作られた長卓が置かれている。
その上には、勝利の証ではなく、敗北の記録が並んでいた。
焼け焦げた軍議録。
欠けた記録水晶。
血の跡が黒く沈んだ地図。
破れた戦記。
折れた封蝋。
人間側の神殿写本。
吟遊詩人の歌を写した粗末な紙束。
それらは、歴代魔王がいかに敗れてきたかを示す資料だった。
部屋に集められているのは、現魔王の側近たちである。
死霊宰相。
竜将。
吸血侯。
記録官。
そして、資料を抱えた小鬼の書庫番。
魔王は玉座に座っていなかった。
長卓の端に立ち、地図を見下ろしている。
地図には、魔王城、王国、聖都、四つの拠点、主要街道、そして過去に勇者が通ったとされる経路が記されていた。
記録官が、欠けた記録水晶に手を置く。
淡い光が揺れ、古い文字が空中に浮かんだ。
「第七魔王、玉座の間にて討伐。討伐者は、東の辺境より出た勇者、および同行者三名」
死霊宰相が、骨ばった指で別の記録をめくる。
「第七魔王軍の城郭防衛は、当時としては最高水準でした。外壁は三重。空堀には炎獣。南側は絶壁。正面軍による突破は確認されておりません」
魔王は地図を見下ろしたまま問う。
「では、どうやって玉座まで来た」
「四天王の拠点が順に落ちています。深海、深森、火山、天空。いずれも勇者一行の関与が記録されています」
竜将が、鼻で笑った。
巨躯の魔族である。背には折りたたまれた翼があり、鱗の隙間から熱が漏れている。戦場に立てば、並の軍ならその姿だけで陣形を崩す。
「つまり、拠点を任された者どもが弱かったのでしょう。我なら、勇者など見つけ次第焼き払います」
魔王は怒鳴らなかった。
竜将を見ただけである。
「見つけ次第、か」
「は」
「では、なぜ歴代の魔王は、見つけられなかった」
竜将の表情が止まった。
会議室に沈黙が落ちる。
※第1話「敗因は勇者にある」は全三回です。
続きます。
作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。
※ネタバレ範囲にご注意ください。
https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/




