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勇者の条件  作者: KEI
第37話 聖剣、神託、聖痕

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(一)勇者の証

◆ 勇者の証


魔王城での戦闘停止から数日が過ぎた。


停戦協議は、まだ終わっていない。


捕虜の名簿は増えたり減ったりしている。


負傷者の移送も終わっていない。


遺体の確認も、結界の安全確認も、残存部隊への伝令も、どれも途中だった。


それでも、人間側の神官や記録官たちは、別の仕事を始めていた。


魔王を討った者の記録である。


ロアンたちは、臨時本陣の一室に呼ばれた。


部屋には、各国の記録官、中央神殿の神官、アークガルム王国の高官が並んでいる。


机の上には羊皮紙。


インク壺。


封蝋。


古い英雄譚の写し。


そして、まだ何も書かれていない新しい記録帳。


ロアンは、それを見ただけで嫌な予感がした。


ミルカも同じ顔をしている。


エナは少し緊張している。


ガルドは眠そうだった。


記録官が咳払いをする。


「勇者殿の証について、確認を行いたい」


ロアンはすぐに言った。


「勇者ではありません」


記録官は困ったように微笑む。


「便宜上、そう呼ばせていただきます」


「困ります」


「では、魔王討伐者殿」


ミルカが小声で言った。


「もっと面倒な呼び方になったわね」


ロアンは少しだけ顔をしかめた。


「灰の一団でいいです」


記録官は筆を構えたまま言う。


「もちろん、灰の一団についても記録します。ただ、中心人物の証を確認する必要がありまして」


「中心人物じゃないです」


ミルカがぼそりと言う。


「また始まった」


ガルドが眠そうに言う。


「中心でいいだろ」


「よくない」


「真ん中に立っていた」


「場所の話じゃなくて」


エナが小さく手を上げた。


「でも、真ん中にいたことは多かったです」


ロアンは困った顔でエナを見る。


「エナまで」


神官が真面目な顔で言った。


「魔王を討った以上、何らかの証があったはずです。聖剣、神託、聖痕。いずれか、あるいは複数が」


ロアンは首をかしげる。


「ありません」


部屋の空気が、少しだけ止まった。


神官たちは、なぜかそこで引かなかった。


むしろ、探す目になった。


ロアンはミルカに小声で言う。


「ないって言ったのに」


ミルカも小声で返す。


「あの顔は、ないものを探す顔ね」


「ないのに?」


「ないから探すのよ」


「変じゃない?」


「かなり変。でも、たぶん止まらない」


ガルドがうなずく。


「見つかるまで探すやつだな」


ロアンはさらに嫌な顔をした。


「見つからないよ」


ミルカは言った。


「作るかもしれないわね」


「やめてよ」


◆ 第一の証


最初に調べられることになったのは、ロアンの剣だった。


魔王に届いた剣。


最後まで折れなかった剣。


魔王の魔力を一瞬受け止めた剣。


神官たちにとって、それはただの剣では済まないらしい。


神官が言う。


「その剣を拝見しても?」


ロアンは少し迷った。


剣は、ずっと一緒に旅をしてきたものだ。


魔王戦で深く傷んでいる。


刀身には細かな傷が入り、柄にも汗と血が染みている。


無造作に触られるのは嫌だった。


だが、隠すようなものでもない。


ロアンは鞘ごと剣を差し出した。


「丁寧にお願いします」


記録官が慎重に受け取る。


「もちろんです」


神官と記録官が剣を見つめる。


刀身には、魔王の魔力を受けた黒い筋が薄く残っていた。


刃こぼれもある。


鍛えはよい。


だが、神々しい光を放っているわけではない。


中央神殿の紋章もない。


聖都の封印刻印もない。


記録官が問う。


「この剣は、どこで?」


ロアンは答えた。


「もらいものです」


神官が顔を上げる。


「誰から?」


「鍛冶師の夫婦からです。エナが病気を治した礼に、打ってくれました」


エナが小さく補足する。


「治したというか、一週間かけて少しずつ良くしただけです」


ミルカが言う。


「神々しい儀式とかはないです。かなり大変ではあったけど」


ガルドが剣を見る。


「いい剣だ」


ロアンは少しだけ嬉しそうに頷く。


「うん。いい剣」


神官は静かに言った。


「病の鍛冶師が、神官の癒しを受けた後、魔王を討つ剣を打った」


ロアンはすぐに言う。


「魔王を討つために打ったわけじゃありません」


記録官の筆が止まる。


「違うのですか」


「旅で使う剣として打ってくれました」


ミルカが横から言う。


「当時は魔王城の玉座に行く予定なんてなかったです」


「そうなのですか」


「そんな予定を立てる人がいたら止めます」


ガルドがロアンを見る。


「今は行ったぞ」


ミルカが言う。


「今の話はしてない」


「そうか」


記録官は書き留める。


病の鍛冶師。


一週間。


神官の癒し。


礼として打たれた剣。


魔王を討つ。


その並びは、すでに物語に見えた。


ロアンはまだ、それに気づききっていなかった。


ミルカだけが、嫌そうに記録官の筆先を見ていた。


◆ 七日七晩


後日、別の記録官がその話をまとめた。


読み上げられた最初の文は、まだ事実に近かった。


「病の鍛冶師が、癒やしの神官の助けを受け、七日をかけて剣を打った」


ロアンは頷いた。


「だいたい合っています」


エナも頷く。


「はい。少しずつ体を戻しながらでした」


だが、隣にいた神官が言った。


「七日という数字は聖数です」


ミルカの眉が動いた。


神官は続ける。


「七日七晩、祈りと火の中で鍛えられた剣と記すべきでは」


「七日七晩打ち続けたら死にますよ」


ミルカの返答は速かった。


記録官が困る。


「表現上の問題でして」


「表現で人を殺さないで」


ロアンも真面目に言った。


「あの人たちは病み上がりでした。無理はしていましたけど、七日七晩は打ってません」


エナも少し困った顔で言う。


「休まないと、また倒れてしまいます」


神官は咳払いをした。


「ですが、魔王を討った剣には、ふさわしい由来が必要です」


ロアンは首をかしげる。


「ふさわしいって、何ですか」


部屋の中が少し静かになった。


誰も、すぐには答えられなかった。


ガルドが言う。


「強い剣なら、強いやつが打ったでいいんじゃないか」


ミルカが頷く。


「かなり正しい」


神官は少し困った顔をする。


「ただ、後に読む者へ伝わる形というものがありまして」


ロアンは言う。


「ちゃんと書いた方が伝わります」


ミルカがすぐに乗る。


「そうそう。ちゃんと書いて。七日七晩働かせないで。病み上がりだから」


エナが小さく付け加える。


「寝てほしいです」


ガルドが言う。


「飯も食った方がいい」


ミルカが記録官を見る。


「ほら、四人一致」


記録官はさらに困った顔をした。


だが、それでも記録には少しずつ飾りが付いていく。


病の鍛冶師夫婦の礼の剣は、やがて、


神官の祈りを受け、鍛冶師が七日七晩鍛えた聖剣。


そう呼ばれ始める。


ロアンは何度も訂正した。


「聖剣じゃありません。もらいものです」


だが、人々は言う。


「勇者に渡された時点で、聖剣になったのです」


ロアンは困った。


剣は、剣である。


大切な剣である。


でも、それを聖剣と呼ぶのは、鍛冶師夫婦の手の温度が消えるような気がした。



※第37話「聖剣、神託、聖痕」は全五回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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