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勇者の条件  作者: KEI
第36話 魔王が死んだ後の仕事

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(四)捕虜の名簿

◆ 捕虜の名簿


すぐに捕虜の話になった。


人間側は捕虜の即時解放を求める。


魔王軍側は、各地の魔族捕虜も返還対象に入れるよう求める。


人間側の神官が怒った。


「魔王軍の捕虜と、こちらの民を同列に扱うのか」


吸血侯が冷たく返す。


「殺すな、殺されるな。それが遺命だ。片方だけでは守れぬ」


空気が悪くなる。


竜将の目が鋭くなる。


人間側の兵も剣に手をかけかける。


ロアンは慌てて間に入った。


「まず、今いる人から確認しませんか」


高官が見る。


「今いる人?」


「城内にいる捕虜と負傷者です。名前を確認して、どこへ返すか決める。遠くの話は、その後でも」


ミルカが補足する。


「各地の捕虜を一度に扱うと揉めます。まず魔王城内の名簿。次に近隣。最後に各国間の交換。順番を分けた方がいい」


死霊宰相がうなずく。


「合理的だ」


人間側の指揮官も認める。


「まず名簿を作る」


ガルドが小声で言った。


「名簿で戦が止まるのか」


ミルカが答える。


「止まる時もある」


「剣より強いのか」


「場面による」


「帳簿も強かったな」


「そうよ。だから雑に扱わない」


ロアンは、どこかで聞いたような会話だと思った。


報酬の帳簿。


依頼の条件。


撤退しても動いた分はもらう。


あの時も、ミルカは数字と紙で皆を止めた。


今は、名簿で人が死ぬのを止めようとしている。


また一つ、魔王が死んだ後の仕事が増えた。


エナが名簿作りを手伝おうとして立ち上がる。


ミルカが止める。


「座って」


「でも、名前を聞くくらいなら」


「座って聞けばいい」


「それなら」


「立たない」


「はい」


ガルドが感心したように言う。


「ミルカはエナの扱いに慣れているな」


ミルカは疲れた顔で答えた。


「慣れたくて慣れたわけじゃない」


エナは少し申し訳なさそうに笑った。


◆ 残るもの


魔王軍の一部は、魔王の死を受け入れないかもしれない。


人間側にも、停戦など不要だと考える者がいる。


深海、深森、火山の拠点は壊れたまま。


転移ゲート網も壊れている。


森では迷った兵がまだ帰っていない。


火山では水路と堤が壊れている。


海では船が足りない。


復興は必要だが、誰がどこまで負担するのかは決まっていない。


それらの報告が、少しずつ玉座の間へ集まってくる。


ロアンは途中から、頭が追いつかなくなってきた。


魔王は死んだ。


それは大きなことだ。


だが、その大きなことの周りに、小さくない問題が山ほど残っている。


ガルドがぼそりと言う。


「魔王を斬ったら終わりじゃなかったのか」


ミルカが答える。


「さっきも言ったでしょ。終わるわけない」


「二回聞けば、終わるかと思った」


「終わらない」


「そうか」


エナが言う。


「でも、少しは変わりました」


ロアンは頷く。


「うん。前よりは、止められるかもしれない」


ミルカが言う。


「止めるものが増えただけとも言えるけどね」


「それは、言わないでほしかった」


「現実だから」


ロアンは苦笑した。


人間側の高官が、魔王城の結界について尋ねる。


死霊宰相が、勝手に壊すと地下区画が崩れる可能性を説明する。


ミルカが顔を上げる。


「結界は全部壊さない方がいいです。支えている部分もあります」


高官が目を丸くする。


「敵の結界を残すのか」


「敵の結界でも、壁を支えているなら壊したら下敷きになります」


ガルドが頷く。


「敵の壁でも、落ちると痛い」


ミルカが言う。


「そういうこと」


「分かりやすい」


「雑だけどね」


ロアンは思う。


魔王が死んだ後の仕事は、たぶんこういうものなのだ。


勝ったから全部壊す、ではない。


残すものと壊すものを分ける。


すぐ返すものと、後で話すものを分ける。


敵と味方を分けすぎない。


かといって、同じだとも言い切らない。


面倒だ。


でも、誰かがやらないといけない。


◆ 小部屋


その日の終わり。


ロアンたちは、魔王城の一室でようやく座った。


豪華な部屋ではない。


安全確認の済んだ、窓のない小部屋である。


窓がないのはありがたい。


外から狙われにくい。


ただ、風も入らない。


ミルカは床に座り込んだ。


エナは道具袋を枕にしている。


ガルドは壁にもたれている。


ロアンは剣を膝に置いた。


誰も、しばらく喋らなかった。


静かだった。


静かなのに、耳の奥でまだ玉座の間の音が残っている。


魔王の声。


竜将の叫び。


鐘。


魔力の波。


剣の軋む音。


ミルカが目を閉じたまま言った。


「生きてる?」


ガルドが答える。


「たぶん」


エナが小さく言う。


「生きています」


ロアンも頷く。


「生きてる」


「ならいいわ」


ミルカはそのまま動かない。


少しして、ロアンが小さく言った。


「勇者じゃないのに」


ミルカは目を閉じたまま答える。


「何度言っても、たぶん聞かないわよ」


「困る」


「困るでしょうね」


「他人事みたいに」


「巻き込まれるのは分かってるから、他人事ではないわね」


エナが小さく言った。


「でも、ロアンがいなかったら、ここまで来られませんでした」


ロアンは首を振る。


「みんながいたから来られたんだよ」


ガルドが言う。


「だからだろ」


ロアンはガルドを見る。


「どういうこと?」


「みんながいて、それを一つにしてたのがお前だ」


ロアンは黙った。


自分では、そう思っていなかった。


ただ、目の前の問題を一つずつ決めていただけだ。


戻るか、進むか。


受けるか、断るか。


報酬をもらうか、助けるか。


誰に頼るか。


どの道を行くか。


どこで逃げるか。


どこで戦うか。


それを決めていただけだ。


ミルカが言う。


「勇者かどうかは知らないけど、中心ではあったわよ」


ロアンは剣を見る。


もらいものの剣。


聖剣ではない剣。


「中心って、そんなに偉いものじゃないよ」


ミルカが答える。


「偉いかどうかじゃなくて、そう見えるって話」


「見えるだけなら、違うって言えば」


「言ったでしょ」


「言った」


「聞かれた?」


ロアンは黙った。


エナが少しだけ笑った。


「ロアンさん、また困った顔です」


「困ってるから」


ガルドが真面目に言う。


「困った勇者か」


「勇者じゃない」


「では、困ったロアンか」


「それなら合ってる」


ミルカが小さく笑う。


「だいぶ合ってる」


ロアンはため息をついた。


勇者ではない。


でも、そう見える。


このズレが、これから大きくなっていくのだと、ロアンはまだ少ししか分かっていなかった。



※第36話「魔王が死んだ後の仕事」は全五回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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