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勇者の条件  作者: KEI
第36話 魔王が死んだ後の仕事

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(二)伝令と負傷者

◆ 伝令


通信で全てが届く世界ではない。


声を飛ばす術はある。


魔力の水晶もある。


だが、城の全域へ正しく命令を届けるには、人が走る必要があった。


城内の兵へ。


外縁の巡回へ。


門の守備隊へ。


地下の牢へ。


魔王城の外で待つ人間軍へ。


間違った伝え方をすれば、そこで戦いになる。


魔王軍側は、吸血侯の配下と城内伝令が動くことになった。


人間側へは、灰の一団の名を知る者が必要になる。


ロアンたちは動けない。


ガルドが言いかける。


「俺が行く」


エナが即座に止めた。


「だめです。腕が動いていません」


「足は動く」


「だめです」


「足だけなら」


「だめです」


「伝令は足だろ」


「途中で倒れたら、伝令ではなく搬送対象です」


ミルカが頷いた。


「今走ったら、途中で倒れるわよ」


ガルドは不満そうに黙った。


ロアンも立ち上がろうとした。


ミルカが、見ずに言う。


「あんたも座ってて」


「まだ何も言ってない」


「顔が行くって言ってた」


「顔、そんなに喋る?」


「かなり」


エナも頷く。


「ロアンさんも、今はだめです」


「少しなら」


「だめです」


「伝令は」


「別の人が行きます」


ロアンは座り直した。


死霊宰相は人間側へ渡す文面を用意する。


内容は簡潔だった。


魔王は死亡。


玉座の間で戦闘停止。


魔王軍中枢は敵討ちを停止。


人間軍は即時突入を控えること。


捕虜と負傷者の保護を優先。


停戦協議の使者を送ること。


ロアンはその文面を見て、少し首をかしげた。


「これ、信じてもらえますか」


吸血侯が言う。


「信じぬだろうな」


ミルカが顔を上げる。


「じゃあどうするのよ」


死霊宰相は、魔王の印章を取り出した。


黒い石に刻まれた印。


玉座の間の灯りを吸い込むような、重い印章だった。


「これを添える」


竜将が険しい顔をする。


「陛下の印章を、人間へ渡すのか」


死霊宰相は答えた。


「陛下は見ろと命じた。ならば、見える形で終わらせねばならぬ」


竜将は何も言わなかった。


ロアンは、魔王の死後にも魔王の命令が動いていることを感じた。


本当に、倒した感じがしない。


ミルカが小さく言う。


「魔王の印章と、灰の一団の名前。それでも信じるかは半々ね」


ロアンは困る。


「半々か」


「高い方よ」


「そうなの?」


「魔王城から『魔王死にました、でも攻め込まないで』って手紙が来るのよ。普通は罠だと思う」


ガルドが頷く。


「俺なら罠だと思う」


ロアンはさらに困った。


「じゃあ、どうしたら」


ミルカは肩をすくめた。


「だから、伝令が必要。顔を知ってる人間が、必死に説明するしかない」


「やっぱり俺が」


「座ってて」


「はい」


◆ 負傷者


玉座の間の外では、すでに負傷者が集められ始めていた。


魔族兵もいる。


人間の捕虜もいる。


灰の一団を追っていた兵もいる。


城内で働かされていた者もいる。


誰が敵で、誰が味方なのか。


それは、まだ消えていない。


だが、血は同じように流れている。


エナは立ち上がろうとした。


ロアンが止める。


「エナ、休んで」


エナは首を振る。


「休みます。でも、少しだけ見ます」


ミルカが言う。


「それ、休まない人の言い方」


エナは困ったように笑った。


「でも、見ない方が怖いです」


ミルカは少し黙った。


そして、息を吐く。


「分かった。全部治そうとしないこと。優先順位だけつける。倒れそうなら座る」


「はい」


「返事が素直な時ほど危ないのよね」


「そんなことは」


「ある」


ガルドが言う。


「エナは頑固だ」


エナは少しだけ目を丸くした。


「ガルドさんに言われると、不思議です」


「俺は素直だ」


ミルカが短く言う。


「違う」


ロアンも小さく言う。


「違うと思う」


ガルドは納得していない顔をした。


エナは全員を完全に癒せるわけではなかった。


だから、優先順位をつける。


今すぐ死ぬ者。


動かすと危ない者。


水が必要な者。


止血だけで済む者。


意識はあるが歩けない者。


叫んでいるだけで実は軽傷の者。


静かすぎて危ない者。


魔族も人間も区別しない。


竜将がそれを見て、複雑な顔をする。


「敵も癒すのか」


エナは答えた。


「今は、死なないようにする時間だと思います」


竜将は何も言わない。


魔王の言葉が、まだ彼の中で重く残っている。


殺すな。


殺されるな。


エナは魔族兵の止血をし、人間の捕虜に水を渡し、近衛の腕を縛り直した。


一人の魔族兵が戸惑ったように言う。


「なぜ」


エナは少し困って答える。


「血が出ていたので」


「敵だぞ」


「はい。でも、血が出ていたので」


その答えに、魔族兵は黙った。


ミルカが遠くから小さく言う。


「エナらしい」


ロアンも頷いた。


「うん」


ガルドが言う。


「分かりやすいな」


ミルカは少しだけ笑った。


「分かりやすいけど、真似は難しいわよ」



※第36話「魔王が死んだ後の仕事」は全五回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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