(一)剣は下りない
◆ 剣は下りない
玉座の間。
魔王は死んだ。
だが、玉座の間にいる者たちは、すぐには動けなかった。
ロアンたちは立っているのがやっとだった。
ミルカは杖にもたれ、呼吸を整えている。
エナは座り込みそうになる足をどうにか支えていた。
ガルドは片腕を庇いながら、それでも剣を手放していない。
竜将は歯を食いしばっていた。
吸血侯は影を収めている。
死霊宰相は、倒れた魔王を見つめたまま動かない。
近衛たちは武器を持ったまま固まっていた。
誰の命令を待つべきなのか。
誰を守るべきなのか。
誰を討つべきなのか。
その判断が、魔王の死とともに宙に浮いている。
魔王は死んだ。
しかし、魔王城はまだ落ちていない。
城の外には兵がいる。
城の中にも兵がいる。
捕虜もいる。
負傷者もいる。
結界も生きている。
誰かが一歩間違えれば、また戦いが始まる。
ロアンは剣を下ろした。
もう振れない。
振れないが、下ろす。
その動きを見て、ミルカも杖を少し下げた。
ガルドは剣を納めようとして、腕の痛みに顔をしかめる。
エナが慌てて支えた。
「無理に動かさないでください」
「納めるくらいならできる」
「できてません」
「途中まではできた」
「途中で止まっています」
ガルドは少し不満そうに剣を見る。
「剣を納めるのも仕事か」
ミルカが息を吐く。
「今は、かなり大事な仕事ね」
死霊宰相が、ゆっくりと口を開いた。
「魔王陛下の遺命により、この場での敵討ちは禁じられた」
竜将が低く唸る。
だが、反論はしない。
吸血侯が続ける。
「玉座の間における戦闘を停止する」
ロアンは、その言葉が何を意味するのか、すぐには分からなかった。
勝ったのか。
助かったのか。
捕まるのか。
まだ殺されないだけなのか。
ミルカが小声で言う。
「たぶん、今は殺されない」
ロアンは小さく返した。
「今は、か」
「そこ大事」
「だよね」
エナが、まだ震える声で言った。
「でも、今殺されないのは、大事です」
ガルドが頷く。
「次に殺されるかどうかは、次に考えればいい」
ミルカが横目で見る。
「雑だけど、今は正しいかも」
ロアンはゆっくり息を吐いた。
魔王を倒した。
けれど、次にすることは勝利の叫びではなかった。
剣を下ろすことだった。
◆ 最初の仕事
魔王が死んだという知らせは、まだ城内に届いていない。
外では、魔王城の兵たちが動いている。
灰の一団の侵入を追っている者もいる。
結界異常に対応している者もいる。
負傷者を運んでいる者もいる。
人間側の軍も、魔王城の外で待っているはずだった。
魔王が死んだと知れば、混乱する。
敵討ちに走る者もいる。
逃げ出す者もいる。
勝ったと思って一気に攻め込む者もいる。
城を壊そうとする者もいるかもしれない。
死霊宰相が言った。
「まず、城内の戦闘を止めねばならぬ」
竜将が低く言う。
「我が兵に命じる」
吸血侯が静かに続けた。
「人間側にも伝えねばならない。魔王が死んだと聞けば、外の軍が一斉に押し寄せる」
ミルカが顔を上げる。
「今それをされたら、城内が地獄になるわ」
エナが言う。
「負傷者も、捕虜もいます」
ロアンは頷いた。
「止めましょう。どっちも」
竜将がロアンを見る。
その目には、怒りと屈辱と、まだ消えていない殺意があった。
「命じる立場にあると思っているのか」
ロアンは少し困った。
「命じるというか……止めないと、たぶんもっと死ぬので」
竜将の目が細くなる。
ロアンは続けた。
「俺たちも、もう戦えません。そちらも、魔王の命令で止まっている。人間側が突っ込んできたら、止まっていたものが全部動きます」
ミルカが補足する。
「最悪、人間側は勝ったと思って城内に入る。魔王軍側は敵討ちだと思って迎撃する。捕虜と負傷者は巻き添え。結界は暴走。どこかの馬鹿が転移門施設に触る。終わり」
ガルドが眉を寄せる。
「最後の馬鹿はどっち側だ」
ミルカは即答した。
「どっちにもいる」
「公平だな」
「公平に危険」
死霊宰相は、ロアンたちを見ていた。
魔王が最後に言った「見ろ」という言葉を、すでに実行しているようだった。
吸血侯が言う。
「では、まず止める」
ロアンは頷く。
「はい。止めるのが、最初の仕事です」
魔王が死んだ後の最初の仕事。
それは、さらに誰かを倒すことではなかった。
これ以上死なせないことだった。
※第36話「魔王が死んだ後の仕事」は全五回です。
続きます。
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