(五)勝った後
◆ 勝った気がしない
魔王の体から力が抜けた。
玉座の間に、静けさが落ちる。
竜将も、吸血侯も、死霊宰相も動かなかった。
近衛たちも、武器を構えたまま固まっている。
ロアンたちも、すぐには動けなかった。
倒した。
確かに倒した。
魔王はもう立ち上がらない。
それなのに、勝ったという感じがしなかった。
ロアンは、魔王が最後まで部下たちを止めた姿を見ていた。
殺すな。
殺されるな。
見ろ。
私が何を間違ったのか。
その言葉が、まだ玉座の間に残っている気がした。
ロアンが小さく言う。
「魔王は、死んだあとでも魔王だった」
ミルカは杖にもたれたまま、疲れた顔で息を吐く。
「なんか、倒した感じがしないわね」
エナは、魔王の倒れた場所を見つめている。
「最後は、怖さとか、悲しさとかじゃなくて……なぜか、残すことだけを見ていた気がします」
ガルドは剣を下ろす。
血のついた刃を見て、それから魔王を見る。
「斬れねぇ相手が一番たちが悪い」
ミルカが眉を寄せる。
「斬ったでしょ」
ガルドは首を振った。
「体はな」
ロアンは何も言えなかった。
魔王は倒れた。
けれど、魔王が最後に残した命令は、まだ生きている。
敵討ちを止めた。
殉死を止めた。
部下たちを生かした。
そして、自分の敗北を見ろと言った。
魔王を倒した後に残ったのは、勝利の叫びではなかった。
これから何をするのか、という問いだった。
◆ 勝った後
誰もすぐには声を出さない。
勝った。
魔王を倒した。
だが、勝利の実感はない。
ロアンは剣を見下ろした。
折れてはいない。
ただ、深く傷んでいる。
もらいものの剣。
聖剣ではない剣。
それでも最後まで折れなかった剣。
ミルカが、その場に座り込む。
「生きてる?」
ガルドが腕を動かそうとする。
顔をしかめる。
「たぶん」
エナがロアンを見る。
「ロアンは?」
ロアンはうなずく。
「生きてます」
エナはその場にへたり込んだ。
「よかった」
ガルドが玉座を見る。
「終わったのか」
ミルカは首を振った。
「魔王は倒した。でも、外にはまだ兵がいる」
ロアンはうなずく。
「出ないと」
ガルドが言う。
「また走るのか」
ロアンは少しだけ笑った。
「たぶん」
ミルカが小さく呻く。
「本当に、勝った後の言葉じゃない」
「でも、出ないと」
「分かってる」
ロアンは結界の外に立つ魔王軍の者たちを見た。
竜将はまだこちらを睨んでいる。
吸血侯は影を引いているが、目を逸らしてはいない。
死霊宰相は、魔王の亡骸とロアンたちを交互に見ている。
近衛たちは、武器を下ろせずにいる。
誰も、どう動けばいいのか分かっていない。
魔王の最後の命令だけが、その場を押しとどめている。
ロアンはゆっくり息を吐いた。
魔王は死んだ。
でも、世界はまだ動いている。
勝った後も、仕事は終わらない。
ここから、魔王が死んだ後の仕事が始まる。
◆ ここまで来たからだ
魔王は倒れた。
けれど、そこに聖剣の光はなかった。
神託が天から降りることもなかった。
聖痕が輝いたわけでもなかった。
東の血筋が、宿命を果たしたわけでもなかった。
玉座の間にいたのは、四人だった。
ロアン。
ミルカ。
エナ。
ガルド。
一人では足りなかった。
ロアンの剣だけでは届かなかった。
ミルカの魔法だけでは押し返せなかった。
エナの癒しだけでは勝てなかった。
ガルドの速さだけでは倒せなかった。
けれど、四人でなら届いた。
そして四人の後ろには、ここまでの道があった。
海を知る人たちが開いた深海の入口。
老婆が歌った森の道。
鍛冶師が打った剣。
水番が覚えていた堤。
猟師が教えた崖道。
元作業員が語った排水路。
密書を渡した者。
通行手形を出した者。
兵を動かした者。
傷ついた者。
戻れなかった者。
進めと言った者。
そのすべてが、最後の一歩に重なっていた。
ロアンは勇者だったからここに来たのではない。
ここまで来たから、魔王の前に立った。
そして、魔王を倒した。
だが、魔王は死ぬ前に、なお魔王だった。
敵討ちを止めた。
殉死を止めた。
自分が何を間違ったのかを見ろ、と命じた。
殺したら見れぬ。
殺されても見れぬ。
その言葉によって、玉座の間にいた者たちは生き残った。
勝者も。
敗者も。
魔王が死んでも、世界はすぐには終わらない。
城の外には兵がいる。
各地には捕虜がいる。
壊れた町がある。
戻らない者がいる。
帰りを待つ者がいる。
次に必要なのは、魔王を倒す者ではない。
魔王が死んだ後の仕事をする者たちだった。
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