(四)支点
◆ 支点
魔王はロアンを見る。
ロアンは一番強い剣士ではない。
一番強い魔術師でもない。
最も優れた治癒術師でもない。
聖性もない。
血筋もない。
だが、ロアンが動くと全員が動く。
ロアンが下がればミルカが撃つ。
ロアンが踏み込めばガルドが合わせる。
ロアンが止まればエナが見る。
ロアンは、自分の強さだけで戦っていない。
空いた穴を埋める。
足りないところをつなぐ。
誰かが動ける一瞬を作る。
魔王は理解する。
これが中心だ。
勇者という中心ではない。
支点である。
ロアンは、魔王の視線を感じた。
狙われる。
そう分かる。
怖い。
喉が乾く。
足が少しだけすくむ。
だが、逃げれば全員が崩れる。
ロアンは剣を構え直した。
「俺が前に出ます」
ミルカが言う。
「死ぬわよ」
「死なないようにお願い」
「無茶言う」
エナが言う。
「少しなら、行けます」
ガルドが笑う。
「じゃあ、俺も行く」
ロアンはうなずく。
「一人で行かないで」
ガルドが言う。
「お前もな」
ロアンは魔王を見る。
自分は選ばれていない。
資格もない。
でも、ここまで来た。
ここで自分が動かなければ、三人も動けない。
だから前へ出る。
結界の外で、死霊宰相がようやく小さく言う。
「勇者ではない。だが中心ではある」
魔王は、その言葉を聞いていたかのように、ロアンへ魔力を集中させた。
◆ 最後の連携
魔王は、ロアンを潰すために魔力を集中させる。
その瞬間、四人は動いた。
ミルカが魔法陣の要を一つずらす。
魔王の足元の流れがわずかに偏る。
エナが叫ぶ。
「今じゃない、次!」
ガルドは踏み込みかけて止まる。
魔王がそれを見て、次の一撃を放つ。
その一撃が空を切った。
エナの予感が、踏み込む時を一拍遅らせた。
ガルドが今度こそ入る。
魔王の腕を斬る。
深くはない。
だが、魔王の防御がずれる。
ロアンがそこへ踏み込む。
魔王はロアンを迎え撃つ。
剣と魔力がぶつかる。
ロアンの剣が軋む。
折れそうになる。
ミルカが叫ぶ。
「左!」
ロアンは左へ滑る。
エナが叫ぶ。
「止まらないで!」
ロアンは止まらない。
ガルドが魔王の反撃を斬り払う。
ミルカの小さな魔法が、魔王の防御術式の一点を抜く。
エナがロアンの背中に触れる。
癒しではない。
祈りでもない。
ただ、一瞬だけ震えを止める。
ロアンの剣が、魔王へ届く。
刃が黒い魔力を裂く。
肉を裂く。
骨に届く。
魔王の体が揺れた。
結界の外で、竜将が声を失う。
吸血侯の影が揺れる。
死霊宰相は杖を握ったまま、動かない。
見ろ。
魔王の命令が、彼らをそこに留めている。
ロアンは剣を押し込む。
ガルドが横から魔王の腕を止める。
ミルカが最後の要を抜く。
エナがロアンの背を支える。
一人ではない。
四人で届いた。
◆ 魔王は倒れる
魔王は倒れた。
一撃で消えるのではない。
玉座の間の魔力が崩れ、柱の灯りが揺れ、床の魔法陣が消えていく。
魔王は膝をつく。
ロアンも倒れかける。
ガルドが支える。
ミルカは杖をついたまま息を切らす。
エナは涙をこらえながら、まだ全員が生きていることを確認している。
魔王はまだ息をしていた。
ロアンは剣を構えようとする。
だが、腕が上がらない。
ミルカにも、魔力はほとんど残っていない。
ガルドは立っているが、片腕が動かない。
エナの治癒も限界に近い。
勝ったのか。
まだなのか。
誰にも分からない。
その時、魔王の結界に亀裂が入った。
黒い膜が、硝子のように砕けて消える。
結界が消えた瞬間、竜将が動いた。
「陛下!」
彼はロアンたちへ向かって踏み出す。
吸血侯の影が広がる。
死霊宰相が杖を構える。
近衛たちが武器を抜く。
ロアンは剣を上げようとした。
上がらない。
ミルカは杖を握り直すが、指が震えている。
ガルドは前に出ようとして、膝をつきかける。
エナは全員の傷を見て、息を詰める。
もう一戦は無理だ。
竜将が言う。
「貴様ら……!」
その瞬間、魔王の声が響いた。
「やめろ」
声は弱い。
だが、玉座の間にいる全員を止めるだけの重さがあった。
◆ 殺すな、殺されるな
竜将が振り返る。
「陛下、しかし!」
魔王は血を吐きながら言う。
「殺すな、殺されるな」
吸血侯が目を細める。
「陛下」
魔王は、ロアンたちを見る。
それから、自分の臣下たちを見る。
「魔王が敗れた。終わったのだ」
竜将が拳を握る。
「まだ終わっておりません。我らが――」
「終わった」
魔王は遮った。
「ここで殺せば、ただの敵討ちだ。ここで殺されれば、ただの殉死だ」
死霊宰相が沈黙する。
魔王は続ける。
「お前たちは見ろ。私が何を間違ったのか」
ロアンは、その言葉を聞いて顔を上げた。
魔王は、自分の敗北をまだ戦略として見ている。
命が消えかけているのに、なお、次に何を残すかを考えている。
「殺したら見れぬ。殺されても見れぬ」
竜将は歯を食いしばる。
吸血侯は影を収める。
死霊宰相は杖を下ろす。
近衛たちも動けない。
魔王は、かすかに息を吐いた。
「見ろ。そして覚えろ。条件だけでは、足りぬ」
玉座の間は静まり返った。
誰も動かない。
誰も、すぐには声を出せない。
魔王はロアンを見る。
「勇者では、ないのだな」
ロアンは答えた。
「違います」
魔王は、少しだけ笑ったように見えた。
悔しさなのか。
納得なのか。
ロアンには分からない。
「ならば……世界は、面倒だ」
少し間を置いて、魔王は最後に言う。
「条件だけでは、足りぬか」
ロアンは答えられなかった。
魔王の体から力が抜ける。
玉座の間に、静けさが落ちた。
誰もすぐには動かなかった。
竜将も。
吸血侯も。
死霊宰相も。
近衛たちも。
ロアンたちも。
ただ、魔王が死んだという事実だけが、玉座の間に残った。
※第35話「ここまで来たからだ」は全五回です。
続きます。
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