タイトル未定2026/07/22 10:08
◆ 貴様らは何者だ
魔王は、言葉を選ぶように問う。
「貴様らは、何者だ」
ロアンは、少し困った。
さっき答えた気がする。
名前も言った。
所属も言った。
それでも、魔王はまだ納得していない。
ロアンはもう一度答えた。
「アークガルム王国第八傭兵団第三遊撃部隊、灰の一団です」
魔王の目は動かない。
ロアンにとっては、それが一番正確な答えだった。
ロアン。
ミルカ。
エナ。
ガルド。
灰の一団。
傭兵扱い。
遊撃部隊。
それ以上の名乗りを持っていない。
だが、魔王が聞きたいのは、そういうことではないらしい。
ミルカは内心で思う。
この確認に何の意味があるのだろう。
もちろん、魔王にとっては意味があるのだろう。
だが、自分たちが勇者でないことは、自分たちが一番よく知っている。
エナは、魔王が何かを探しているように感じた。
けれど、探されているものは自分たちの中にはない。
ガルドは単純に思う。
違うものを違うと答えているだけなのに、なぜ話が終わらないのか。
ロアンは魔王を見上げた。
この人は、ずっと勇者を探していたのかもしれない。
そのために、血筋を見て、神託を見て、聖剣を見て、天空要塞を見ていたのかもしれない。
でも、自分たちは違う。
勇者ではない。
そんなこと、聞かなくても分かりそうなのに。
魔王はまだ、ロアンたちを見ていた。
名前では足りない。
所属では足りない。
では、何を答えればいいのか。
ロアンには、まだ分からなかった。
◆ 誰が結んだ
魔王は問う。
「誰に命じられた」
ロアンは少し考えた。
命じられた。
その言葉は、しっくり来なかった。
たしかに依頼は受けた。
密書も運んだ。
通行手形ももらった。
各国軍とも動いた。
アークガルム王国の名も使った。
けれど、誰か一人に命じられてここまで来たわけではない。
「いろんな人に頼まれました」
魔王の目が細くなる。
「誰の軍だ」
「軍じゃありません」
「どの国の密使だ」
ロアンは困った。
「たぶん、いろんな国に手紙は運びました」
ミルカが少しだけ警戒する。
話しすぎるな、と目で言っている。
ロアンもそれは分かっている。
だが、ここで嘘をついても仕方がない気がした。
魔王が問う。
「貴様が各国を結んだのか」
ロアンはすぐには答えなかった。
各国を結んだ。
そんな大きなことを、自分がしたとは思えない。
自分がやったのは、もっと小さいことだ。
走った。
運んだ。
聞いた。
渡した。
戻った。
また進んだ。
ロアンは首を振った。
「俺たちだけじゃありません」
魔王は黙って聞いている。
「通してくれた人がいた。手紙を預けた人がいた。道を教えてくれた人がいた。兵を動かした人がいた。港を開けた人がいた。森の抜け方を教えてくれた人がいた。水路の話をした人がいた」
言葉は、きれいには並ばない。
軍議の報告ではない。
作戦書でもない。
ただ、旅の中で積み重なったものを、一つずつ拾っているだけだった。
「俺たちは、その間を走っただけです」
魔王は低く問う。
「貴様は、各国を動かしたのか」
ロアンはもう一度、首を振った。
「動かしたのは、その国の人たちです」
「では、貴様は何をした」
「頼まれたものを届けました」
「それだけで、国が動くか」
「俺だけなら、動かないと思います」
ロアンは、少しだけミルカたちを見た。
「でも、俺たちだけじゃなかったので」
それは、ロアンにとって事実だった。
自分たちがすべてを動かしたわけではない。
むしろ、自分たちだけでは何もできなかった。
海では、海を知る人たちがいた。
森では、歌を覚えていた人たちがいた。
火山では、水番と職人たちがいた。
山では、道を知る猟師がいた。
魔王城では、逃げ延びた作業員の言葉と、押収された記録があった。
自分たちは、受け取って、つないで、進んだ。
それだけだ。
◆ 勇者ではない
魔王が言う。
「貴様は勇者ではない」
ロアンはすぐに答えた。
「そうですね」
あまりにも自然に答えたので、玉座の間の空気が少し変わった。
ミルカも否定しない。
エナも否定しない。
ガルドも首をかしげるだけである。
当たり前のことを言われた。
四人には、そう聞こえた。
魔王が問う。
「ならば、なぜここにいる」
ロアンは答えた。
「止めないといけないから」
「誰を」
「あなたを」
玉座の間の炎が、大きく揺れた。
それが魔王の怒りなのか、魔力の動きなのか、ロアンには分からない。
魔王は静かに言う。
「勇者でもない者が、魔王を止めると」
ロアンは少し困った。
また、その話に戻るのかと思った。
勇者かどうか。
条件があるかどうか。
そんなことは、ここまでの道ではあまり役に立たなかった。
ロアンは言う。
「勇者じゃないと、だめですか」
その問いは挑発ではない。
本気で分からない。
困っている人がいる。
魔王軍が攻めてくる。
拠点がある。
道が塞がれている。
誰かが行かないといけない。
自分たちが行けるところまで来た。
なら、進む。
そこに、勇者である必要があるのか。
ロアンには、そこが分からない。
魔王は何も言わない。
ロアンは続ける。
「俺たちは勇者じゃありません。でも、ここまで来ました」
言ってから、まだ何か足りないと思った。
なぜ来たのか。
どうして下がらないのか。
それは、ひとことで言えるものではない。
でも、今はまだそれでよかった。
ここまで来た。
それだけは確かだった。
◆ 四人
魔王は、ロアンたちを見ている。
その視線が、さっきまでと少し変わった気がした。
条件を探す目ではない。
戦う相手を見る目だ。
ロアンはぞっとする。
勇者かどうかを聞かれていた時より、今の方が怖い。
魔王がこちらを分類しようとしている間は、まだ会話だった。
今は違う。
どこから壊すかを見ている。
ロアンは小さく息を吸う。
散らない。
離れすぎない。
いつも通り。
それしかない。
ミルカは魔王の魔力を見ていた。
量が違う。
質が違う。
城そのものとつながっているようにも見える。
まともにぶつかれば押し潰される。
だが、全部が完全なわけではない。
魔王にも呼吸がある。
魔力の流れにも癖がある。
隙とは呼べないほど小さいが、何もないわけではない。
ミルカは思う。
怖い。
でも、怖いからこそ、見なければならない。
エナは、玉座の間に入った時から、ずっと嫌な感じに包まれている。
魔王の殺気が動く前に、胸が痛む。
次に何かが来る。
どこから来るかは分からない。
でも、来ることだけは分かる。
逃げたい。
けれど、逃げた方がいい感じではない。
まだ帰れる。
たぶん、まだ帰れる。
そう思いたくて、エナは息を整える。
ガルドは魔王を見ていた。
強い。
それだけは分かる。
どこを斬ればいいのか、すぐには見えない。
これまでの相手なら、構えや重心で分かった。
だが魔王は、立っているだけで間合いが曖昧になる。
それでもガルドは剣に手を置く。
分からないなら、一太刀目で知るしかない。
ただし、勝手には動かない。
ロアンがまだ動くなと言っているからだ。
四人とも怖い。
だが、逃げない。
逃げない理由は、勇者だからではない。
ここまで来たからだ。
※第34話「勇者ではない者たち」は全三回です。
続きます。
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