(五)突破ではなく通過
◆ 外縁第三門
排水路を抜けると、外縁第三門の内側近くに出た。
正面の門は破っていない。
転移もしていない。
だが、魔王城の外縁内部に入った。
ここから先は、警備区域である。
巡回の魔族兵。
結界柱。
警備用魔物。
黒い石の床。
遠くに低い鐘の装置。
ロアンは小さく言う。
「ここは抜ける。長引かせない」
ミルカは結界柱を見る。
「壊すと城全体に響く。要だけずらす」
ガルドが剣を抜いた。
その時だった。
巡回していた魔族兵の一人が、こちらに気づいた。
「止まれ!」
前に出た魔物が牙を剥く。
ロアンは身を低くし、魔物の横を抜けた。
倒すためではない。
通るために。
魔物の爪が空を切る。
次の瞬間、ガルドが一歩だけ踏み込み、魔物の前脚の関節を打った。
魔物は崩れる。
死んではいない。
だが、立てない。
警備兵が槍を構える。
「侵入者!」
ミルカは結界柱へ手をかざした。
指先に、小さな光が集まる。
火花のように小さい。
だが、その光は結界の表面ではなく、奥にある一点へまっすぐ刺さった。
「壊すと城全体に響く。要だけずらす」
結界柱の光が、一瞬だけ揺らいだ。
門全体は壊れていない。
大きな警報も鳴らない。
ただ、四人が通れるだけの隙間が開く。
エナが、ふと右側の通路を見た。
「右はだめ」
ロアンが聞く。
「罠?」
「たぶん閉じ込められる」
ガルドが右を見る。
「見えてるのか」
エナは首を振る。
「見えてないけど、だめ」
ガルドは肩をすくめた。
「なら左だな」
ロアンは迷わなかった。
「左へ」
四人は左へ動いた。
警備兵たちが追ってくる。
だが、すぐには追えない。
魔物は崩れた。
槍を持つ兵の手首は、ガルドに打たれて震えている。
結界は壊れていないのに、通路だけが開いている。
門は破っていない。
だが、抜けた。
背後で、城内警備の声が響いた。
「第三門、防衛線突破。侵入者、内郭へ移動」
ミルカが小さく言う。
「突破じゃなくて、通過なんだけど」
ロアンは走りながら答えた。
「向こうから見れば、どっちでも困る」
「それはそう」
ガルドが前へ出る。
「次はどっちだ」
ロアンは仮地図を思い出す。
「正規通路には乗らない。補修通路へ」
エナが背後を見た。
「追ってきます」
ロアンは短く言った。
「急ぐ。でも、寄り道しない」
◆ 城内を読む
魔王城の通路は、広いところほど危なかった。
黒い床。
刻まれた紋様。
吊り下げられた魔晶灯。
左右の通路。
上へ伸びる階段。
ロアンは天井を見上げ、鎖の位置を見た。
「奥の階段は使わない。上から挟まれる」
ミルカが柱の刻印を見る。
「じゃあどこ」
ロアンは左手の細い通路を指す。
「こっちの通路。音が抜けてる。広間につながってる」
ミルカは眉を寄せる。
「たぶん罠もあるけど」
「ない道があるならそっちにする」
「そんな道ない」
「じゃあ少ない方」
エナが、床を見て小さく言った。
「左の床、踏まない方がいいです」
ロアンは止まる。
「どのあたり」
「黒い線のところ。たぶん、落ちる」
ガルドが床を見る。
「見た目は同じだぞ」
「でも、だめ」
ミルカがため息をつく。
「またそれ?」
ロアンは黒い線を避けた。
「当たるからいい」
次の瞬間、追ってきた魔物の足が黒い線を踏んだ。
床が落ちた。
魔物が下へ消える。
ガルドがエナを見る。
「便利だな」
エナは顔をしかめる。
「便利じゃないです」
ガルドは言い直した。
「じゃあ、助かる」
エナは何も言わなかった。
ミルカはその間に、柱の刻印へ指先を当てていた。
小さな光が走る。
柱の奥の一点だけが、ふっと暗くなる。
巨大な結界は壊れない。
ただ、その一部が、細い糸を抜かれたように緩む。
「通れる。急いで」
ロアンはガルドへ言った。
「前、お願い」
ガルドが出た。
内郭兵が三人、黒い盾を構えて待っている。
一人目の槍が突き出される。
ガルドは、一歩で間合いを潰した。
槍の柄が弾かれる。
手首。
膝。
鎧の継ぎ目。
三つの音がほとんど同時に鳴った。
内郭兵が崩れる。
死んではいない。
だが、立てない。
兵の一人が呻く。
「速……」
ガルドは首をかしげた。
「今のは普通だろ」
ミルカが、ぼそりと言う。
「普通じゃない」
「そうか?」
「そう」
ロアンは短く言った。
「行く。寄り道しない」
四人は進む。
宝物庫には寄らない。
兵舎も燃やさない。
捕虜牢にも向かわない。
通路を選び、罠を避け、結界をずらし、必要な敵だけを止める。
目的は、一つに絞っていた。
◆ 内郭第二防衛線
内郭第二防衛線へ近づくと、強い結界門が見えた。
正規の扉は厚く、魔術防壁が何層にも重なっている。
ミルカは見上げて、すぐに言った。
「これは時間がかかる」
ロアンが問う。
「壊すと?」
「城中に響く」
ロアンは少し苦笑する。
「もう響いてると思うけど」
「もっと響く」
エナが右側の壁を見た。
「そこ」
ロアンが振り返る。
「そこ?」
「右の壁。薄い」
ガルドが壁を軽く叩く。
ごん、と鈍い音がした。
少し離れた場所を叩く。
今度は、音が違った。
「確かに違うな」
ミルカが呆れる。
「壁を壊すの?」
ロアンは少し考えた。
「扉がだめなら、壁かな」
「雑」
「でも早い」
ミルカは顔をしかめた。
「城の中で壁を壊す人、初めて見た」
ロアンは壁を見たまま答える。
「たぶん、向こうもそう思ってる」
エナが、崩れそうな天井を見上げる。
「上は支えた方がいいです。たぶん落ちます」
ロアンは頷く。
「お願い」
ミルカは壁の補強術式を探った。
城の術式は強い。
厚い。
古い。
簡単には壊れない。
だが、壊す必要はない。
一点だけを抜く。
支える力を、一息分だけずらす。
指先に集めた魔力が、細い針のように壁へ入る。
「今」
ガルドが剣を抜いた。
大振りではない。
叫びもしない。
壁の継ぎ目へ、斜めに一太刀。
石が割れた。
二太刀目で、補強材が鳴る。
ロアンが、崩れた石を押す。
エナが落ちかけた天井へ手を伸ばす。
淡い光が、ひび割れの走りを止めた。
壁に、人が通れるだけの穴が開いた。
門は無事だった。
結界門も壊れていない。
近衛兵たちは、門の前で待っていた。
四人は、門を通らなかった。
ミルカが低く言う。
「本当に壁を抜いた」
ガルドが答える。
「壁なら斬れる」
ロアンは穴をくぐりながら言った。
「行く。長くは持たない」
背後で、壁が少し崩れた。
鐘が強く鳴る。
もう、隠れる時間は終わった。
※第33話「魔王城へ」は全六回です。
続きます。
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