(三)仮地図
◆ 仮地図
完全な地図はない。
だが、断片はある。
火山拠点の補給記録。
深森拠点の通信記録。
転移ゲート修理の資材搬入表。
元徴発工の証言。
山岳猟師の地形知識。
ミルカの魔術構造の読み。
それらを合わせて、魔王城外縁から内郭へ向かう仮の地図を作る。
分かっていることは少ない。
だが、分からない部分にも法則はある。
門の前は強い。
正規通路は監視されている。
補修箇所は歪みがある。
排水路は狭いが兵が少ない。
結界柱は壊さず、要をずらす。
内郭第二防衛線は門が強く、側壁は後付け補強。
玉座区画へ向かう道は、魔力の流れが集中している。
ロアンが言う。
「全部分かっているわけじゃない」
ミルカが答える。
「全部分かっていたら罠よ。断片をつなぐしかない」
ガルドが地図を覗き込んだ。
「線が多いな」
「仮の線」
「仮の線で城に入るのか」
「確定した線は、たぶん全部見張られてる」
ガルドは頷いた。
「仮の方がまし」
「そういうこと」
ロアンは地図に印をつける。
「入るのは第三門の下。そこから正規通路には乗らない。補修通路を使って、内郭へ。扉は破らない。必要なら壁を抜く」
ガルドが言う。
「壁を抜く前提なのか」
ミルカがため息をつく。
「やっぱり雑」
ロアンは言う。
「でも、門を破るよりは静かだと思う」
「壁を壊して静か?」
「門よりは」
「比較対象が悪い」
エナは地図の右側を見ていた。
「この広い通路、嫌な感じがします」
ミルカが資料を見る。
「閉鎖式の防衛通路かも。入った後に落とし格子を下ろされると戻れない」
ロアンは印を消した。
「じゃあ使わない」
ガルドが言う。
「広い道はだめか」
「楽な道は、向こうにも楽ってこと」
ミルカが言った。
ガルドは少しうんざりした顔をした。
「また狭い道か」
ロアンは苦笑した。
「たぶん、また狭い道」
◆ ここまで来たので
ロアンは魔王城を見上げた。
ここから先、各国軍の支援はない。
伝令も戻せない。
火山拠点跡を発つ前、指揮官はそう言った。
「ここから先、軍は動けん」
ロアンは覚えている。
「支援も遅れる。いや、ほぼ届かん」
指揮官の声は苦かった。
「何かあっても、伝令を戻す余裕はないぞ」
ロアンは、その場で頷いた。
「西崖道に入った時点で、連絡は切れると思っています」
指揮官は最後に問うた。
「分かっていて行くのか」
ロアンは、少しだけ考えて答えた。
「ここまで来たので」
その言葉は、理由としては少し足りなかったかもしれない。
使命。
神託。
聖剣。
運命。
そういう言葉を使えれば、もっと格好がついたのかもしれない。
だが、ロアンにはそのどれもなかった。
ただ、ここまで来た。
戻る理由を何度も考えた。
戻る道も、戻れない道も見てきた。
その上で、進んできた。
だから、今も進む。
ミルカが横で言った。
「今の顔、また考えすぎてる」
ロアンは少し驚く。
「分かる?」
「分かる」
エナが言う。
「眉間に出ています」
ガルドも頷く。
「剣を振る前の顔ではないな」
「どんな顔?」
「重い荷を見ている顔」
ミルカが少し笑った。
「かなり近い」
ロアンは肩の力を抜いた。
「荷は、もう減らしたはずなんだけどな」
ミルカが言う。
「物の荷はね」
エナは静かに言った。
「でも、ここまで持ってきたものもあります」
ロアンは頷いた。
ここまで持ってきたもの。
手紙。
歌。
道。
帳簿。
戻る条件。
見えない危険。
現地の話。
誰かの記録。
壊れたものの跡。
そういうものが、今の仮地図になっている。
ガルドが言った。
「考えすぎたら、進むのが遅くなるぞ」
ロアンは笑った。
「そうだな」
ミルカが即座に言う。
「でも考えずに進まないで」
「難しい」
「だから会話してる」
エナが微笑んだ。
「いつも通りですね」
ロアンは魔王城を見上げた。
「うん。いつも通りで行こう」
◆ 最後の準備
灰の一団は、さらに荷を減らした。
城内では長く戦えない。
補給はない。
戻る道も限られる。
持っていくのは最低限。
ロアンの剣。
ミルカの小さな触媒。
エナの薬と包帯。
ガルドの剣。
短い縄。
乾いた食料。
城内地図の断片。
結界柱の位置を写した札。
合図用の小石。
音を抑える布。
ミルカが言う。
「派手な魔法は使わない。使ったら城中にばれる」
ガルドが聞く。
「派手に斬るのもだめか」
ロアンが答える。
「必要な時だけ」
ガルドは少し不満そうにした。
「必要な時はあるんだな」
「ある」
「ならいい」
エナは薬を確認する。
「長く止まって手当てする時間は、たぶんありません」
ロアンは頷く。
「怪我をしない」
ミルカがロアンを見る。
「それ、ガルド式」
「分かってる。でも今回は、かなりそれに近い」
ガルドが少し嬉しそうに言う。
「ようやく分かったか」
ミルカが言う。
「調子に乗らない」
「乗っていない」
「顔が乗ってる」
ガルドは真面目に顔を戻した。
ロアンは地図を折りたたむ。
「寄り道しない。魔王のところまで行く」
ミルカが頷いた。
「宝物庫に行かない」
ガルドが言う。
「宝があるのか」
「あるでしょうね」
「寄らないのか」
ロアンが答える。
「寄らない」
エナが付け足す。
「牢も、見つけたら助けたいですけど」
ロアンは少しだけ顔を曇らせた。
「見つけたら考える。でも、目的を変えたら、たぶん全員戻れなくなる」
ミルカが静かに言う。
「今は魔王のところへ行く」
エナは小さく頷いた。
「はい」
ガルドは剣を確かめた。
「全部倒さない」
ロアンも頷く。
「通れればいい」
ミルカが合図用の小石を四つ渡した。
「音を立てられない時の合図。ひとつ投げたら止まる。二つなら戻る。三つなら急ぐ」
ガルドが小石を見る。
「四つ目は?」
ミルカが答える。
「予備」
「投げたら?」
「拾えるなら拾う」
ロアンが小さく笑った。
「小石まで戻すのか」
ミルカは真顔で言う。
「物資は有限」
「はい」
最後の準備は、地味だった。
だが、その地味さが今は頼もしかった。
※第33話「魔王城へ」は全六回です。
続きます。
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