(二)城の傷跡
◆ ここまでに集めた断片
灰の一団は、魔王城の近くで聞き込みをしたわけではない。
魔王城近辺に、人間の村も、猟師の小屋も、都合よく助けてくれる者もいない。
ここから先は、誰かに聞いてその場で答えが出る場所ではなかった。
使えるのは、ここまでに集めてきた断片だけである。
火山拠点で押収した補修記録。
深森拠点に残っていた資材搬入表。
転移ゲート修理に関わる魔力循環図の一部。
かつて魔王城外縁の補修作業に徴発され、ずっと前に逃げ延びていた元作業員の証言。
西崖道の入口まで案内した山岳猟師の地形知識。
どれも完全な地図ではない。
魔王城の中枢など、誰も知らない。
だが、外縁部の補修跡なら分かる。
どこに資材が運ばれたか。
どの結界柱が交換されたか。
どの排水路が詰まりやすいか。
どの岩盤に亀裂が入り、後から補強されたか。
ミルカはそれらを並べて言った。
「城の弱点が書いてあるわけじゃない。でも、直した場所は分かる」
ロアンが聞く。
「直した場所?」
「壊れたことがある場所。詰まったことがある場所。無理に補強した場所。そういうところは、元の構造より歪みが出る」
ガルドが言う。
「傷跡を見るのか」
ミルカは頷いた。
「そう。城そのものの傷跡を見る」
ロアンは資料に目を落とした。
外縁第三門付近の結界柱の交換記録。
岩盤の亀裂補修。
排水路の詰まり。
魔力循環の逆流。
内郭第二防衛線の側壁補強。
転移ゲート修理用の資材搬入予定。
完全な設計図ではない。
だが、修理された場所が見えてくる。
ロアンは言った。
「直したところは、無理をしたところ」
ミルカが少しだけ笑う。
「たまに良いことを言う」
「久しぶりに言われた」
「ここで調子に乗らない」
「乗らない」
エナは排水路の記録を見ていた。
「ここ、何度も詰まっています」
ミルカが頷く。
「外縁第三門の下。大雨の時だけ開く古い排水路らしい」
ガルドが聞く。
「排水路は、人が通るものか」
ロアンは以前聞いた証言を思い出した。
「通れる。通りたくはない、って言ってた」
ガルドは頷いた。
「通りたくない道が多いな」
ミルカが答える。
「通りたい道は見張られてる」
「それもそうだ」
断片は、ひとつでは意味が薄い。
だが、いくつも並べると線になる。
補修記録。
証言。
地形。
魔力の流れ。
それらをつなぐ。
ロアンたちは、いつもそうしてきた。
◆ 古い証言
その証言を得たのは、ここへ来る前だった。
火山拠点の攻略後、負傷者や避難民の手当てをしていた時のことだ。
片腕に古い火傷痕のある男が、エナの手当てを受けながら、ぽつりと話した。
かつて魔王城外縁の補修作業に徴発されたことがあるという。
男は城の中枢を知らない。
玉座も知らない。
魔王の姿も見ていない。
だが、外縁部の作業場は知っていた。
「第三門の下には、古い排水路がある」
ロアンはその時、顔を上げた。
「排水路?」
男は頷いた。
「普段は閉じている。大雨の時だけ開く。中は狭い。魔族の兵は通らない」
ガルドが尋ねた。
「なぜ通らない」
男は顔をしかめる。
「狭い。臭い。滑る。魔物が入る」
ミルカが静かに聞いた。
「人は通れますか」
男はさらに嫌そうな顔をした。
「通れる。通りたくはないがな」
エナがその時、小さく言った。
「通りたくない道ばかりですね」
男は笑わなかった。
「でも、生きて出る時は、そういう道しかない」
その言葉は、ロアンの中に残っていた。
そして今、魔王城を前にして意味を持った。
さらに、山岳猟師からも話を聞いていた。
西崖道の入口へ向かう途中、猟師は崖の向こうを指して言った。
「城の下は全部絶壁に見えるが、ひとつだけ獣が通る棚がある」
ロアンが聞いた。
「人は?」
「通れる。たぶん」
「たぶん?」
「獣なら確実だ」
ガルドが言った。
「また落ちる道か」
ミルカが返した。
「最近ずっとそれね」
ロアンは苦笑した。
「落ちない道は見張られてるんだと思う」
猟師は頷いた。
「そういうことだ。見張り台からは死角になる。ただ、風が悪い日は落ちる」
エナは空を見ていた。
「風が悪い日は、やめましょう」
ガルドは真面目に頷いた。
「落ちるのは避けたい」
その時の話も、今ここで使う。
ロアンは仮地図の端に、獣の棚道を書き加えた。
排水路。
結界柱。
補修跡。
獣の棚道。
どれも、主役の道ではない。
けれど、つなげれば進める。
◆ 魔術構造を読む
ミルカは、押収資料と現地観察を合わせて、魔王城外縁の魔術構造を読んだ。
魔王城の結界は、単純な壁ではない。
複数の結界柱が外縁を囲み、魔力の流れを巡らせている。
大きく壊せば、城全体に異常が伝わる。
だが、要の一点をずらせば、短時間だけ通れる隙間ができる可能性がある。
ミルカは結界柱を遠くから見ながら言った。
「壊すとだめ。全部に響く」
ロアンが聞く。
「じゃあ、どうする?」
「要だけずらす。通れるだけ緩めて、すぐ戻す」
ガルドが首をかしげる。
「壊さない方が難しくないか」
ミルカは苦い顔で答えた。
「難しい。だから派手な魔法は使わない」
「派手に斬るのもだめか」
ロアンが答える。
「だめ」
「まだ聞いただけだ」
「聞く前に顔に出てた」
ガルドは少し不満そうにした。
エナは結界柱をじっと見ている。
そして、そっと言った。
「触るなら、こっちの柱じゃない方がいいです」
ミルカが反応した。
「理由は?」
「分かりません。でも、こっちは嫌です」
ミルカは二つの柱を見比べた。
片方は新しい補修跡がある。
もう片方は古い。
ミルカは小さく頷く。
「たぶん当たり。新しい方は、触った瞬間に警報が行く」
ロアンが言う。
「エナの予感、助かる」
エナは少し困った顔をした。
「予感なので、説明はできません」
ガルドが言う。
「当たるならいい」
ミルカも頷いた。
「説明できる危険と、説明できない危険がある。両方拾う」
ロアンは結界柱の位置を写した札を手に取った。
「壊さない。ずらす。通ったら戻す」
「そう」
「戻すの、忘れたら?」
ミルカはロアンを見た。
「城中にばれる」
「忘れないでください」
「私に言う?」
「すみません」
ガルドが真面目に言った。
「戻すのは大事だ」
ミルカが少しだけ笑う。
「あなたに言われると、不思議な説得力がある」
※第33話「魔王城へ」は全六回です。
続きます。
作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。
※ネタバレ範囲にご注意ください。
https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/




