(一)正面からは入れない
◆ 空の目の向こう
天空要塞を越えた後、灰の一団は魔王城外縁の山道に入った。
背後には天空要塞。
前方には魔王城。
遠くから見ても、その城は異様だった。
山に建っているというより、山そのものを削り、黒い石と魔力で固めたように見える。
高い城壁。
絶壁。
谷底から吹き上がる風。
外縁を巡る結界柱。
巡回する魔物。
門の上には黒い旗。
ロアンはしばらく黙っていた。
ここまで来た。
海を渡り、森を抜け、火山を越え、空の目を避けてきた。
だが、前にあるものは、これまでのどれとも違う。
ガルドが言った。
「近くで見ると、でかいな」
ミルカが答える。
「大きいだけならまだいい。結界が重なってる」
「結界もでかいのか」
「大きいというより、厚い」
「厚いなら斬れるか」
「斬らないで」
「まだ何もしていない」
「考えたでしょう」
「少し」
エナは胸元を押さえていた。
「嫌な感じが、ずっと続いています」
ロアンは城を見た。
「ここまで来た」
それから、すぐに言い直した。
「でも、まだ入っていない」
ミルカは頷いた。
「到着と侵入は別」
ガルドが門の方を見る。
「門はある」
ミルカが即座に言う。
「だから使わない」
「門なのにか」
「門は、通るためのものじゃなくて、守るためのものでもある」
ガルドは少し考えた。
「なるほど。敵の門か」
「かなり敵の門」
ロアンは黒い大橋を見た。
魔王城へ続く正面の橋。
逃げ場のない長い橋。
左右には谷。
前には門。
上には見張り。
いかにも、勇者が挑む道だった。
だが、ロアンたちは勇者ではない。
ロアンは静かに息を吐いた。
「正面からは、無理だね」
◆ 正面からは入れない
魔王城への正面ルートは、北側の山岳道から黒い大橋へ入り、外縁第一門、第二門、第三門を越える構造になっていた。
ただし、その道は完全に監視されている。
橋の上に隠れる場所はない。
門の前には魔物。
門の上には魔族兵。
結界柱が左右に並び、近づく者の魔力と体温を拾う。
過去の勇者であれば、ここを突破したのかもしれない。
軍であれば、攻城兵器を持ち込んで戦ったのかもしれない。
だが、灰の一団にはどちらもできない。
ロアンは橋を見ながら言った。
「正面からは無理だね」
ガルドが少し残念そうに言う。
「やってみる前からか」
ミルカが即答した。
「やらなくても分かる。橋の途中で見つかる。門の前で囲まれる。結界に引っかかる。終わり」
「早いな」
「早く分かる危険は、早く避ける」
「それは賢い」
「ありがとう」
ガルドは橋を見たまま言った。
「でも、門を破った方が分かりやすい」
ロアンは苦笑する。
「分かりやすいけど、戻れない」
エナも小さく言った。
「それに、あそこは戻れません」
ロアンは頷いた。
「戻れない道は、最後まで取っておく」
ミルカがロアンを見る。
「最後でも、できれば取りたくない」
「うん。できれば」
ガルドは腕を組んだ。
「では、門ではないところから入るのか」
「そうなる」
「城は、門以外から入れるように作られているのか」
ミルカが答える。
「普通は作られていない。でも、城は人が使うものだから、必ず別の用途の通路がある。排水、補修、資材搬入、魔力循環、非常用の逃げ道」
ロアンが言う。
「そこを探す」
エナは城壁の下を見た。
「でも、そういう道も危なそうです」
ミルカが頷く。
「危ない。でも、正面よりはまし」
ガルドが言った。
「最近、ましな危険を選ぶことが多いな」
ロアンは少し笑った。
「それが旅なのかも」
「旅はもっと楽しいものではないのか」
ミルカが言う。
「楽しい旅は、たぶん魔王城へ行かない」
「それはそうだ」
ロアンは橋から目を離した。
「正門は使わない。転移も使わない。城の傷跡を探そう」
◆ 転移門は使わない
ミルカは、魔王軍の転移ゲートについて整理した。
各国による同時破壊によって、魔王軍の広域転移ゲート網は大きく損傷している。
ただし、魔王城内には魔族用の内部転移門や、修理中の直通線が残っている可能性があった。
ガルドが言う。
「それを使えば早いのでは」
ミルカは首を横に振る。
「転移門から入るのは無理」
ロアンが聞く。
「壊れているから?」
「壊れているものもある。でも、それ以前に、魔族用の認証があるはず。無理に使えば、入る前に捕まる。運よく入れても、到着地点で囲まれる」
ガルドが頷く。
「じゃあ、道としては使えないな」
「そう」
「転移できるのに道ではないのか」
「敵の玄関に飛び込むだけなら、道じゃなくて罠」
ロアンは納得した。
「それは困る」
ミルカは資料の断片を並べる。
「ただし、壊れていること自体は使える」
ロアンが見る。
「どういうこと?」
「魔王軍は、壊れた転移網の修理に人手と魔力を割いている。各拠点の復旧にも兵を回している。つまり、魔王城は警戒を上げているけど、全員が城の中で待っているわけじゃない」
ロアンは少し考えた。
「道を開いたんじゃなくて、向こうの動きを遅くしている」
ミルカが頷く。
「そう。見つかった後に、すぐ増援が来にくい」
エナが言う。
「でも、見つからない方がいいですよね」
ミルカは即答した。
「もちろん」
ガルドが剣を軽く叩く。
「見つかったら斬る」
ロアンが言う。
「見つからないように入る。見つかったら、通るために斬る。倒すためじゃない」
ガルドは少し考えた。
「全部倒さなくていい」
「そう」
「通れればいい」
「そう」
「なら、斬りすぎない」
ミルカが小さく言う。
「だいぶ覚えてきた」
ガルドは少し誇らしげに頷いた。
「何度も言われたからな」
ロアンは城を見た。
転移ゲートは道ではない。
正門も道ではない。
それでも、魔王軍の動きには遅れがある。
そこに、少しだけ隙がある。
※第33話「魔王城へ」は全六回です。
続きます。
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