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勇者の条件  作者: KEI
第32話 空の目を避けて

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(五)動かない岩

◆ 見つかりかける


昼過ぎ、雲が急に切れた。


谷が開ける。


天空要塞から見下ろされる位置に出てしまう。


ミルカが息を呑む。


「まずい」


鳥型魔物が一羽、こちらの谷へ向かってきていた。


岩陰は少し先にある。


走れば、足音と落石が出る。


止まれば、見つかるかもしれない。


エナが小さく言った。


「走らないで」


ロアンは全員に手で合図した。


その場で、岩と同じ姿勢になる。


灰色の外套を岩肌に寄せる。


剣の金具を隠す。


顔を伏せる。


息を小さくする。


鳥型魔物の影が、一瞬、四人の上を横切った。


ガルドの手が、剣に伸びかける。


ロアンは首を振った。


斬れば終わりだ。


勝っても終わりだ。


鳥の死骸は残る。


血も残る。


落ちる音も出る。


巡回が戻らなければ、要塞は異常を知る。


鳥はしばらく旋回した。


長い。


ロアンは息を止めすぎないよう、ゆっくり吐いた。


エナは目を閉じている。


ミルカは外套の端を押さえている。


ガルドは、動かない岩になっていた。


やがて鳥型魔物は谷の反対側へ流れていった。


全員が、しばらく動かなかった。


完全に遠ざかったのを待ってから、ロアンが小さく息を吐く。


ガルドが小声で言った。


「戦わないのは、難しいな」


ロアンは答える。


「戦ったら、勝っても負けだ」


ガルドは少し考えた。


「勝っても負け」


ミルカが言う。


「今回の戦いは、そういうもの」


「ややこしい」


「でも、あなたは今できた」


ガルドは少しだけ目を細めた。


「褒められたか」


「褒めた」


「なら、よし」


エナが静かに言った。


「岩になれていました」


ガルドは真面目に頷く。


「動かない岩は難しい」


ロアンは笑いそうになったが、音を出さないようにこらえた。


怖かった。


今もまだ怖い。


だが、見つからなかった。


それが今は、何より大きな勝ちだった。


◆ 巡回の隙


夕方。


ミルカは、火鏡塔の光と鳥の巡回、雲の流れを見て、短い隙を見つけた。


「次の雲が来た時に進む。時間は短い」


ロアンが聞く。


「どれくらい?」


「長くて、鐘半分もない」


ガルドが言う。


「短いな」


「でも、そこを過ぎれば要塞の真下から外れる」


エナは目を閉じる。


「急ぎすぎると落ちます。でも、止まりすぎると見られます」


ロアンは頷いた。


「一人ずつ行く。前の人が足場を確かめる。無理なら戻る」


ガルドが聞く。


「戻る場所は?」


ロアンは後ろの岩陰を指差した。


「あそこ。そこまで戻れなければ進まない」


ミルカが頷いた。


「先に戻る場所を決める。いつも通り」


「いつも通りだな」


ガルドは崖の先を見る。


「俺が先でいいか」


ロアンは少し考えた。


「足場を見るなら、ガルドが先。でも、見つかったら止まる」


「斬らない」


「斬らない」


「落とさない」


「落とさない」


「岩になる」


「必要なら」


ミルカが小声で言う。


「確認項目が変」


エナが微笑んだ。


「でも、大事です」


雲が動いた。


要塞の火鏡塔の光が薄れる。


谷が影に入る。


ミルカが言った。


「今」


ガルドが進む。


一歩。


止まる。


足場を確かめる。


次へ。


ロアンが続く。


その後ろにエナ。


最後にミルカ。


風が強い。


外套が引かれる。


岩が小さく崩れる。


ガルドが手で合図する。


「低く」


全員が姿勢を下げる。


鳥の影が遠くを過ぎる。


まだ気づかれていない。


雲が薄くなり始める。


ミルカが小声で言う。


「あと少し」


ロアンは焦りそうになる足を抑えた。


急ぐ。


でも走らない。


進む。


でも落ちない。


戦わない。


見つからない。


戻れる場所を残す。


短い隙を抜け、四人は次の岩陰へ滑り込んだ。


ミルカが空を見る。


「抜けた」


ロアンは息を吐いた。


「今のは、鍋より心臓に悪い」


ミルカが言う。


「鍋は関係ない」


ガルドが真面目に答える。


「鍋なら落ちていた」


「鍋を連れてこなくて正解だった」


エナが小さく笑った。


◆ 崩れた橋


西崖道の途中に、古い吊り橋の跡があった。


橋はほとんど落ちている。


残っているのは、片側の鎖と、腐った板が数枚。


下は雲で見えない。


ロアンは足を止めた。


「これは……」


ミルカが即座に言う。


「無理」


ガルドは鎖を見る。


「一人ずつなら渡れるかもしれん」


エナが首を振った。


「その鎖、嫌な感じがします」


ガルドはすぐに手を離した。


「なら駄目だ」


ミルカが少し驚く。


「早い」


「なんとなくは強い」


ロアンは周囲を見た。


橋を直す時間はない。


戻るか。


別の足場を探すか。


要塞の巡回は続いている。


長く止まれば見つかる可能性が上がる。


ガルドが崖の横を見る。


「岩の割れ目を伝えば、向こうへ回れる」


ミルカが顔をしかめた。


「道じゃないわよ」


ガルドが答える。


「橋よりはましだ」


ロアンは割れ目を見る。


細い。


危ない。


でも、橋よりはましに見える。


「橋は使わない。岩を行く」


ミルカは少しだけ息を吐く。


「分かった。落ちそうな石は踏まない。手を掛ける場所も確かめる」


エナが言う。


「私、最後に行きます。落ちそうなところ、見ます」


ロアンは頷いた。


「無理なら戻る」


ガルドが先に進んだ。


岩の割れ目に足を置き、手を掛ける場所を確かめる。


「ここは乗れる」


ロアンが続く。


風が強い。


下を見ない。


手を離さない。


ミルカが慎重に渡る。


足場を見て、低く悪態をついた。


「これを道と言ったら道に失礼」


ガルドが向こうから言う。


「だから道じゃない」


「猟師が正しかった」


最後にエナが渡る。


途中で、彼女は小さな石を避けた。


その石は少し遅れて崩れ、雲の中へ落ちていった。


全員が渡り切った直後、古い吊り橋の鎖が風で鳴った。


きい、と細い音。


次の瞬間、残っていた板の一枚が外れた。


雲の下へ消えていく。


ロアンは息を呑んだ。


もし渡っていれば、途中で切れていたかもしれない。


エナが小さく息を吐く。


「よかった」


ガルドは鎖を見た。


「嫌な感じは強いな」


ミルカが言う。


「採用実績が増えた」


ロアンは頷いた。


「次から、エナが嫌と言った橋は渡らない」


エナは困ったように笑った。


「橋以外も、できれば」


「もちろん」



※第32話「空の目を避けて」は全六回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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