(三)西崖道
◆ 空を見る
出発前、ロアンたちは火山拠点跡から天空要塞を観察した。
火鏡塔の光。
鳥型魔物の旋回。
山道を横切る影。
遠くからでも、要塞が生きていることは分かった。
ミルカは鳥の巡回間隔を数えている。
「同じ鳥が戻ってくるまで、だいたいこのくらい」
ロアンが聞く。
「抜けられる?」
「鳥だけなら。でも、空には雲がある。雲が切れる時間もある。風が変わると巡回の高度も変わる」
エナは空を見上げた。
「雲が厚い時の方が安全です。でも、風が強すぎる時は足元が危ない」
ガルドが崖を見る。
「見られるより落ちる方が先か」
ミルカがうなずく。
「そういう道」
ロアンは空と地図を交互に見る。
「要塞に近づく時間より、見られにくい時間を選ぶ」
エナが小さく言った。
「夕方から夜にかけて。でも、夜通し進むのは危ないです」
ロアンは頷く。
「進む時間と止まる時間を決めよう。無理に進んで落ちたら終わりだ」
ガルドが言う。
「夜に動かないのは、森でもあったな」
ミルカが答える。
「今回は星は見えるかもしれない。でも足元は見えない」
「結局、見えないものは斬れない」
「それはずっとそう」
火鏡塔が、一瞬だけ光った。
遠くの山肌に、薄い反射が走る。
ロアンは思わず身を低くした。
ミルカが言う。
「今のは定時信号。こっちを見たわけじゃない」
「分かっていても、嫌だな」
エナが頷いた。
「見られている感じがします」
ガルドは空を見た。
「見られているのに、見られていないふりをするのか」
ロアンは答える。
「見られても、意味を持たせない」
「難しいな」
「うん」
ミルカが言う。
「だから、軍の形を捨てる。勇者一行の形も捨てる。要塞へ向かう形も捨てる」
エナが聞く。
「私たちは何に見えるんでしょう」
ミルカは少し考えた。
「獣、猟師、はぐれた少人数。判断できない何か」
ガルドが頷く。
「何か」
「そう。何か」
ロアンは灰色の外套を見る。
「灰色でよかったな」
ミルカが答える。
「やっと外套が役に立った」
「前から役に立ってたと思う」
「今回は岩に似てる」
ガルドが自分の外套を見る。
「俺は岩か」
エナが微笑んだ。
「動く岩ですね」
ミルカが言う。
「動いたら駄目な時もある」
「では、止まる岩か」
ロアンは笑った。
「それで行こう」
◆ 出発
灰の一団は、火山拠点を離れた。
公式には、偵察に出たことになっている。
大軍は動かない。
旗は立たない。
角笛も鳴らない。
補給隊もつかない。
西崖道へ向かうのは、ロアン、ミルカ、エナ、ガルド。
それと、道を途中まで知る山岳猟師一人。
猟師は先を歩きながら、何度も振り返った。
「静かに歩け」
ガルドが小声で答える。
「静かに歩いている」
「岩を踏む音がでかい」
「岩が悪い」
「岩のせいにするな」
ミルカが言う。
「ガルド、足の置き方」
「こうか」
「まだ大きい」
エナが小声で言う。
「ガルドさん、強いから、地面も強く踏んでいるのかもしれません」
「地面に勝つ必要はないぞ」
猟師がぼそりと言った。
ガルドは少し考えた。
「地面とは戦わない」
「そうしてくれ」
ロアンは笑いをこらえた。
会話は小さい。
だが、あるだけで少し落ち着く。
無言で崖へ向かうよりは、ずっといい。
しばらく進むと、猟師が足を止めた。
そこから先は、崖に沿った細い岩の道だった。
道と呼ぶには細すぎる。
片側は岩壁。
もう片側は雲の流れる谷。
猟師は言った。
「ここから先は、本当に道じゃねぇ」
ロアンは頭を下げる。
「案内、ありがとうございました」
猟師は天空要塞の方を見る。
「見つかったら終わりだぞ」
ガルドが言う。
「見つからなければいい」
猟師は呆れる。
「簡単に言うな」
ミルカが小さく言う。
「本当にね」
猟師はロアンを見る。
「戻るなら今だ」
ロアンは崖道を見た。
細い。
危ない。
軍は通れない。
だから、通る。
「行きます」
猟師は少しだけ頷いた。
「なら、馬鹿になりきるな。山羊に少し寄せろ」
ガルドが聞く。
「どういう意味だ」
「足元を見ろってことだ」
「なるほど」
エナが小さく笑った。
ロアンたちは猟師と別れ、西崖道へ入った。
◆ 西崖道
西崖道は、細かった。
想像より細かった。
片側は岩壁。
もう片側は谷。
足元の石は崩れやすい。
風が強く、外套の裾を引っ張る。
ロアンは一歩ずつ足を置いた。
前をガルドが進む。
後ろにミルカ。
最後にエナ。
時折、天空要塞の火鏡塔の光が雲を照らした。
直接こちらを照らしているわけではない。
それでも、動くものは見えるかもしれない。
ミルカが小声で言う。
「光が来る。止まって」
四人は岩陰に体を寄せる。
灰色の外套を岩肌に近づける。
息を小さくする。
光が雲を撫でて通り過ぎた。
ロアンは合図を出す。
また進む。
鳥型魔物の影が谷を横切った。
エナがロアンの袖を引く。
「今は、出ない方がいいです」
全員が岩陰に伏せる。
鳥は遠くを旋回し、別の谷へ向かった。
ガルドが小声で言う。
「見えているのか、見えていないのか、分からんな」
ミルカが答える。
「分からないから止まる」
ロアンは頷いた。
前の森と同じだ。
分からない時に進まない。
急かされても待つ。
今回は、森ではなく空だ。
空の目がある。
見られているかもしれない。
でも、見られたと決まったわけではない。
動けば見つかる。
止まれば、岩かもしれない。
ロアンは手で合図する。
進む。
止まる。
伏せる。
待つ。
進む。
会話は少なくなった。
それでも、完全には消えない。
ガルドが小さく言った。
「岩になるのは難しい」
ミルカが返す。
「岩はしゃべらない」
「そうか」
ロアンは思わず口元を押さえた。
エナも肩を少し震わせている。
緊張は消えない。
だが、少しだけ息がしやすくなった。
※第32話「空の目を避けて」は全六回です。
続きます。
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