(二)山羊と馬鹿の道
◆ 監視網を読む
ミルカは、火山拠点から押収した資料と、現地の山岳地図を広げた。
天空要塞は、ただの砦ではなかった。
監視網である。
主要街道を見る。
北尾根を見る。
東谷を見る。
西崖道を定期巡回する。
雪原の足跡を見る。
火鏡塔で魔王城へ信号を送る。
夜目の鴉で夜間を巡回する。
鳥型魔物で谷を確認する。
ミルカは資料に指を置く。
「要塞を壊せば、当然見つかる」
ガルドが言う。
「壊すために近づくからな」
「そう。だから、近づかない」
ロアンが地図を指す。
「魔王城へ向かうには、要塞の下を通る必要はある。でも、要塞そのものへ向かわなくてもいい」
ミルカは頷いた。
「監視は全方向を同じ密度で見ているわけじゃないはず。軍が通れる道、補給が通れる道、勇者が要塞を攻める道。そこが濃い」
エナが言う。
「じゃあ、危ないけれど、意味がない道を通るんですね」
ロアンは少し笑った。
「意味がないと思われている道、かな」
ガルドが地図を覗き込む。
「どれだ」
ミルカは西側の細い線を指した。
「西崖道」
ガルドは線を見た。
「線が細い」
「道も細い」
「嫌だな」
「珍しく感想が普通」
ロアンが説明を読む。
「荷馬は通れない。車輪も無理。負傷者を運ぶのも難しい。途中に崩落箇所。風が強い。足を滑らせれば戻れない」
エナが小さく言う。
「嫌な情報が多いです」
ガルドが腕を組む。
「軍が通れないなら、監視が薄いのか」
ミルカが頷く。
「完全に無視されているわけじゃない。定期巡回はある。でも、主要監視対象ではない」
ロアンは地図を見つめた。
「要塞を攻めるには遠回り。軍を通すには細すぎる。だから、優先度が低い」
「灰の一団なら通れるかもしれない」
ミルカが言う。
「通れるかもしれない、であって、通れるとは言ってない」
ガルドが真面目に言った。
「そこは大事だな」
「大事」
エナが空を見た。
「でも、見られている感じはします」
ロアンは頷いた。
「要塞は有能なんだと思う。だから、見えないんじゃなくて、見ても意味が分からないくらいにする」
ミルカが指を折る。
「軍の痕跡を消す。旗なし。馬なし。車輪なし。火なし。野営跡なし。大人数の足跡なし」
ガルドが言う。
「荷も減らすのか」
「当然」
「剣は置かんぞ」
「誰もそこまでは言ってない」
「先に言っておく」
ロアンは少し笑った。
「剣は持ってください。むしろガルドが剣を置いたら、俺たちが不安になる」
ガルドは満足げに頷いた。
「なら持つ」
ミルカが小さく言った。
「そこは交渉するところじゃない」
◆ 山羊と馬鹿の道
西崖道を知る者を探すと、山麓の猟師が一人見つかった。
日に焼けた顔で、足がやけに細く、岩の上を歩くような立ち方をしている。
猟師は地図を見て、嫌そうな顔をした。
「あそこは道じゃねぇ」
ロアンが聞く。
「でも、通れるんですよね」
「山羊と馬鹿が通る場所だ」
ガルドがすぐに聞いた。
「俺たちはどっちだ」
ミルカが即答する。
「少なくとも山羊ではないわね」
ガルドは少し考えた。
「では、馬鹿か」
エナが慌てて言う。
「まだ決まっていません」
ロアンも言う。
「馬鹿にならないように準備しよう」
猟師は呆れたようにロアンたちを見た。
「準備でどうにかなるなら、道って呼ばれてる」
ミルカが頷く。
「正しい」
「褒めてるのか?」
「事実を言っています」
猟師は西崖道の説明を始めた。
風が強い。
足場が細い。
雨の後は絶対に通るな。
雪があれば足跡が残る。
雲が低い日は視界が悪い。
雲が高い日は要塞から見られる。
鳥が回る時間には動くな。
古い吊り橋は信用するな。
途中から先は、猟師でも行かない。
ロアンは聞きながら、紙に書き留める。
ガルドが横から言った。
「嫌なことばかりだな」
猟師は頷いた。
「だから道じゃねぇ」
エナが小さく聞く。
「でも、通ったことはあるんですか」
「途中までならな。崖向こうに薬草が出る」
ロアンが反応する。
「薬草」
ミルカがロアンを見る。
「崖と薬草に反応しない」
「いや、ガルドの村を思い出して」
ガルドが頷いた。
「崖の薬草は、だいたい良い薬草だ」
猟師が真面目に言う。
「その分、だいたい落ちる」
「よく戻れますね」
「戻れないやつは、薬草の話をしない」
ロアンは静かに頷いた。
「重い話だった」
猟師は西崖道を指でなぞった。
「途中までは案内する。だが、そこから先は本当に道じゃねぇ。俺は戻る」
「それで十分です」
「見つかったら終わりだぞ」
ガルドが言う。
「見つからなければいい」
猟師は呆れる。
「簡単に言うな」
ミルカが小さく言う。
「本当にね」
ロアンは猟師に頭を下げた。
「お願いします」
猟師は空を見た。
「雲が低くなる夕方からだ。昼に行くやつは、山羊にも馬鹿にもなれねぇ。ただの死体だ」
ガルドが言った。
「山羊と馬鹿の上が死体か」
「下だと思う」
ミルカが冷静に直した。
◆ 荷を捨てる
ロアンたちは、荷を徹底的に減らした。
馬は使わない。
車輪も使わない。
旗も持たない。
焚火もしない。
鍋も減らす。
余分な武器も置く。
重い鎧は使わない。
食料は乾いたものだけ。
水は最低限。
夜に火を焚かないため、体温を保つ布を増やす。
ミルカは魔法道具を並べて、使うものと置いていくものを分けている。
「派手な魔法は使わない。光るものも駄目。煙が出るものも駄目。音が大きいものも駄目」
ガルドが剣を抱えた。
「剣は置かんぞ」
ミルカは顔を上げない。
「三回目」
「大事だからな」
「誰も置けと言っていない」
「ならいい」
エナは薬を小分けにしていた。
「怪我をしたら、長く止まれません」
ロアンは全員を見る。
「戻る道も考える。でも、負傷者を担いで戻る余裕はほとんどない」
少し沈黙した。
ガルドが言う。
「なら、怪我をしない」
ミルカがため息をつく。
「それで済むなら苦労しないのよ」
ガルドは首を傾げる。
「怪我をする前提で動くのか」
「怪我をしないつもりで、怪我をした時の準備もする」
「難しいな」
ロアンが頷く。
「だから、戦わない。見つからない。急がない」
エナが乾いた薬草を包みながら言う。
「急がないのに、時間は短いんですね」
ミルカが答える。
「そう。だから、急がずに間に合わせる」
ガルドが言った。
「一番難しいやつだ」
「分かってきた」
ロアンは自分の荷を見た。
減らしても、まだ重い。
水。
食料。
布。
縄。
小さな釘。
薬。
最低限の道具。
それでも、荷馬を使わない以上、人が担ぐしかない。
ミルカがロアンの荷を一つ抜いた。
「それ、置いて」
「予備の鍋」
「いらない」
「でも、鍋は便利だ」
「火を焚かない」
「水を入れられる」
「水袋がある」
「盾になる」
「ならない」
ガルドが言う。
「鍋で殴れる」
ミルカが即答する。
「殴らない」
ロアンは鍋を見つめた。
エナがやさしく言った。
「今回は、お留守番ですね」
ロアンは鍋を置いた。
「分かった。鍋は置く」
ミルカは少しだけ満足そうに頷いた。
「賢明」
ガルドが真面目に言う。
「鍋は戻れるのか」
ロアンは少し笑った。
「火山拠点に戻ったら回収する」
「ならよし」
旅は荷で決まる。
何を持つか。
何を置くか。
どこまで進めるか。
今回は、名誉も荷も置いていく。
持っていくのは、四人分の体と、最低限の道具だけだった。
※第32話「空の目を避けて」は全六回です。
続きます。
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