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勇者の条件  作者: KEI
第31話 水の精霊王は来ない

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(三)壊すために直す

◆ 壊すために直す


軍の指揮官は、堤を見るなり言った。


「水があるなら、すぐに落とせばよい」


水番の末裔が強く首を振った。


「それでは村へ流れる」


指揮官が眉を寄せる。


「村へ?」


「水路が埋まっている。堤だけ切れば、水は弱い方へ流れる。黒い谷へ行くとは限らない」


ミルカも頷いた。


「壊すだけでは駄目です。流す先を作らないと、味方も村も巻き込みます」


ロアンは堤を見た。


「修復してから壊すのか」


石工が腕を組んで言った。


「壊すために直す。妙な話だが、そういうことになる」


ガルドが真面目に聞く。


「直したものを壊すのか」


ミルカが答える。


「一度だけ、正しい方向へ壊すために直す」


「難しいな」


「水は難しい」


水番の末裔は、古い水路を杖で示した。


「まず、黒い谷へ向かう水路を掘り直す。村側へ流れる割れ目を塞ぐ。水門跡を補強する。最後に、決壊させる場所を決める」


工兵が言う。


「完全に直す必要はないな」


石工が頷く。


「一度だけ持てばいい」


ミルカは補足する。


「ただし、途中で勝手に崩れるのは駄目。こっちが切るまで持たせる」


ロアンは作業の順序を考える。


「先に避難路。次に水路。最後に堤。逆にすると逃げ場がなくなる」


指揮官がロアンを見る。


「先に堤を固めるのではないのか」


「固めている途中で崩れたら逃げ場がありません。下流の退避も終わっていない」


エナが小さく言う。


「人がいるところへ流れたら、助かりません」


ミルカは水面を見た。


「水は味方じゃない。道を作らないと、全部敵になる」


少し間を置いて、ミルカは苦笑した。


「確かに精霊王並みに扱いが難しいわね。精霊王、見たことないけど」


ガルドが真面目に言う。


「見たことがないのに分かるのか」


ミルカは肩をすくめた。


「これだけ面倒なら、たぶん近いでしょ」


ロアンは堤を見る。


「壊す場所を決めるために、直すんだな」


水番の末裔は頷いた。


「そうだ。水を怒らせるなら、怒る道を先に作る」


ガルドが少し感心したように言った。


「水にも道がいる」


ロアンは頷く。


「道がないと、全部壊す」


ミルカが言う。


「だから、まず道」


灰の一団は顔を見合わせた。


また道だった。


海でも、森でも、火山でも。


結局、進むためには道がいる。


戻るためにも、壊すためにも。


◆ 修復作業


修復作業が始まった。


灰の一団だけでは何もできない。


石工が崩れた石を積み直す。


工兵が埋まった水路を掘る。


村人が古い水路の位置を教える。


魔術師が熱い蒸気を逃がす。


水番の末裔が、流すべき谷と閉じるべき隙間を指示する。


ロアンは全体の順序を整理した。


「先に避難路。次に水路。最後に堤。作業が進んだところから、退避の合図も決めます」


工兵が頷く。


「鐘は?」


水番の末裔が答える。


「古い記録では三度。下流を空けた合図も三度」


ミルカが言う。


「同じ三度だと紛らわしい。作業側と下流側で音を変えましょう」


ロアンが頷く。


「作業側は鐘。下流側は角笛。三度ずつ」


ガルドが言う。


「俺は?」


「岩道の警戒をお願いします」


「分かった」


エナは作業場を見回していた。


「そこ、今は近づかない方がいいです」


作業員が足を止める。


「ここか?」


その直後、熱で緩んでいた岩が崩れた。


ごろごろと音を立てて、黒い石が足元を転がっていく。


作業員は青ざめた。


「助かった」


エナは少し困った顔をした。


「たまたまです」


ガルドが言う。


「なんとなくは強い」


ミルカが頷く。


「今回も採用」


ロアンは作業員に言う。


「エナが止めたら止まってください。理由は後で考えます」


「理由は後でいいのか」


「足を潰してから考えるよりは」


作業員は真剣に頷いた。


「分かった」


ミルカは水圧と流れを見ていた。


「ここを全部塞ぐと、向こうへ圧がかかる。全部塞がないで、逃がす穴を残す」


石工が聞く。


「逃がす?」


「今は少し漏らしていい。完全に止めると、別のところが割れる」


水番の末裔が頷く。


「昔の記録にもある。堤は、全部塞ぐな。怒った水は弱いところを探す」


ガルドが岩道の方で声を上げた。


「来たぞ」


火山に棲む小型の魔物が、作業音に寄ってきた。


赤黒い皮膚。


熱を帯びた爪。


岩の裂け目から這い上がってくる。


ガルドは狭い岩道に立った。


「作業を止めるな。こっちは俺が止める」


ロアンがすぐに前へ出ようとする。


ミルカが止めた。


「ロアンは作業順」


「でも」


「ガルドが止めると言った。任せる」


ガルドは振り返らずに言う。


「任せろ」


ロアンは少しだけ迷い、それから頷いた。


「分かった。作業を続けます!」


ガルドの剣が、狭い岩道で短く戻る。


田舎道場の剣は、森だけでなく、火山の岩道でも役に立った。


大きく振らず、戻せる幅で斬る。


火花のような血が飛び、魔物が岩の下へ落ちた。


作業は止まらなかった。



※第31話「水の精霊王は来ない」は全六回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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