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勇者の条件  作者: KEI
第31話 水の精霊王は来ない

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(一)火山麓の村

◆ 水の精霊王


深森拠点から押収された資料によって、次の拠点が明らかになった。


火山地帯。


黒い山。


乾いた谷。


熱風の吹く斜面。


古い溶岩跡。


魔王軍はそこに、火山拠点を築いている。


それは単なる砦ではなかった。


乾いた沢を通らせる。


黒い岩壁の上から矢を射る。


火山灰の斜面で足を取らせる。


狭い尾根道で隊列を崩す。


熱風で体力を削る。


地形そのものを防衛線にした拠点だった。


各国軍の指揮官たちは、天幕の中で地図を囲んでいた。


ロアンたちも呼ばれている。


神官が古い勇者文献を開いた。


「火山拠点に関する記述があります」


ロアンは少しだけ身構えた。


この流れには覚えがある。


人魚の導き。


導きの石。


文献の言葉は、嘘ではなかった。


だが、そのまま信じれば間違える。


神官は読み上げた。


「水の精霊王が現れ、炎の砦を沈めた」


天幕の中がざわついた。


水の精霊王。


大精霊。


奇跡。


神官たちは顔を見合わせる。


魔術師の一人が腕を組んだ。


「火山地帯でそれほどの水を呼ぶには、相当な触媒が必要です」


別の神官が言う。


「中央神殿に問い合わせるべきでは」


「水精霊術の大規模儀式なら、準備に何日かかる」


「そもそも、ここに水精霊が応じるのか」


ガルドが真面目に聞いた。


「水の精霊王は、頼めば来るのか」


天幕が一瞬静かになった。


ミルカは渋い顔をする。


「来るなら早いけど、たぶんそういう話じゃないと思う」


ガルドは首をかしげる。


「頼めないのか」


「私は会ったことがない」


「会ったことがないなら、頼めるかどうかも分からないな」


「そういう問題でもない」


エナが小さく言う。


「来てくれるなら、ありがたいですけど」


ロアンは文献を見た。


水の精霊王。


炎の砦。


沈めた。


言葉だけなら、今度こそ本当に神話だった。


だが、人魚はいなかった。


導きの石も、道を知る神器ではなかった。


必要だったのは、海女の技術。


歌。


黒い鉱石。


職人。


台座。


戻る道。


なら、今回も同じかもしれない。


ロアンは顔を上げた。


「まず、火山の近くで話を聞こう」


神官が聞き返す。


「精霊王ではなく、村人にですか」


「はい」


ロアンは地図を見る。


「火山のことは、火山の近くで暮らしている人に聞くのが一番早いと思います」


ミルカが頷く。


「伝承より、現地の人の話」


ガルドが言う。


「火山の人か」


エナは少し不安そうに聞いた。


「火山にも、人がいるんでしょうか」


指揮官が答える。


「麓にはいる。昔から火山灰と土石流を避けて暮らしてきた村がある」


ロアンは頷いた。


「なら、そこへ行きましょう」


神官はまだ文献を見ていた。


「水の精霊王を探すのではなく?」


ミルカが言う。


「探して見つかるなら探します。でも、まずは水があったのかを確かめたい」


ガルドが真面目に付け加える。


「水の精霊王がいなくても、水はあるかもしれない」


ロアンは少し笑った。


「そういうこと」


エナも穏やかに言った。


「文献も役に立っています。聞きに行く場所を教えてくれますから」


神官は少し驚いたようにエナを見た。


それから、静かに頷いた。


「分かりました。火山麓の村へ」


こうして、灰の一団は火山へ向かうことになった。


水の精霊王を呼ぶためではない。


水の正体を聞くために。


◆ 火山麓の村


火山麓の村は、黒かった。


畑の土は黒く、石垣も黒い。


屋根にも、薄く灰が積もっている。


家々は高い石垣の上に建っていた。


道の脇には、古い泥流の跡が固まっている。


村人たちは、山をよく見ていた。


火山の音。


風向き。


沢の濁り方。


煙の色。


それらが暮らしに直結しているらしい。


ガルドは山を見上げた。


「落ちてきそうだな」


ミルカが言う。


「火山灰?」


「山ごと」


「それはもう災害」


ロアンが聞く。


「ここで暮らすの、大変そうだな」


村人の一人が笑った。


「慣れだよ。山が怒る前には、それなりに知らせがある」


エナが少し驚く。


「山が知らせるんですか」


「音が変わる。風が変わる。沢が濁る。鳥がいなくなる」


ガルドがうなずく。


「森と似ているな」


ミルカが小さく答える。


「土地によって、警告の出方が違うだけかもね」


村の老人たちに、水の精霊王について聞いた。


反応は薄かった。


「精霊王? 神官様が好きそうな話だな」


「昔話には出るが、見た者はいない」


「この山に来るのは、火と煙と灰だ。水の王様なんて聞かないね」


ロアンは少し困った。


「水の精霊王は、ここでは信じられていないんですか」


老人の一人が肩をすくめる。


「話としては知ってる。けど、ここで水の王様が歩いてたら、まず畑を見てほしいね」


ミルカが言う。


「実用的ですね」


「水は貴重だからな」


別の老人が、ふと思い出したように言った。


「そう歌う者もいる。だが、私の祖父は、堤が切れたと言っていた」


ロアンが反応した。


「堤?」


「そうだ。堤なんてここらへんにねぇのに、変な話だろう」


ミルカの目が細くなる。


「堤というのは、水を止めるものですか」


老人は頷く。


「山の上にあったんだとさ。水を止める大きな堤。今はもう、誰も見に行かん」


エナが山を見る。


「でも、あの山に水があるんですか」


村人たちは少し黙った。


それから、老人は言った。


「昔はあったんだろう。雨季の水だか、雪解けだか、そういうものを溜めていたと聞いた」


ガルドが言う。


「水の精霊王ではなく、堤の水か」


ロアンは老人を見る。


「その堤の場所、分かりますか」


老人は首を傾げる。


「古い水番の家なら、知っているかもしれん」


「水番?」


「昔、山の水を見ていた家だ。今は役目を失っているが、古い板帳を残している」


ミルカが顔を上げた。


「見せてもらえますか」


老人は頷こうとして、ふと表情を変えた。


「そういや、前にも似たようなことを聞かれたな」


ロアンが聞く。


「前にも?」


「ああ。旅の学者だとか言っていた。妙に山の古い話ばかり聞きたがった」


ミルカの声が少し低くなる。


「いつ頃ですか」


「少し前だ。水の精霊王の話を聞きたいと言っていたが、私が堤の話をしたら、そっちばかり聞いてきた」


ガルドが低く言った。


「先客がいるのか」


ロアンは老人を見る。


「その人は、堤を見に行きましたか」


老人は首を振る。


「さあな。だが、村を出たあと、山の方へ向かったとは聞いた」


エナが不安そうに言う。


「なら、堤も壊されているかもしれません」


ミルカは山を見た。


「魔王軍も、この伝承を調べていたのかもしれない」


ロアンは頷いた。


確証はない。


旅の学者が本当に学者だった可能性もある。


だが、ここまで勇者伝承に関わる場所が荒らされていた。


導きの石の祠もそうだった。


なら、同じことがあってもおかしくない。


ロアンは老人に頭を下げた。


「水番の家へ案内してください」


「急ぐのか」


「急ぎます。でも、焦って登るのは危ない。案内を頼みます」


老人は少し笑った。


「火山では、焦る者から灰を吸う」


ガルドが真面目に言う。


「吸いたくないな」


ミルカが答えた。


「全員同意」



※第31話「水の精霊王は来ない」は全六回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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