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勇者の条件  作者: KEI
第30話 新しい導きの石

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(五)森へ入る歌

◆ 森へ入る歌


最初は、普通の森に見えた。


木々が高く、葉が厚い。


湿った土が足に少しまとわりつく。


それでも、まだ道は分かる。


村人が低く歌い始めた。


「朝は苔石

昼は白樺

夕は沢音

夜は星なし」


歌は魔法ではない。


光るわけでもない。


道が開くわけでもない。


けれど、不思議と歩調が揃った。


人数を確認しやすくなる。


焦りが少し減る。


誰かが遅れれば、歌の間がずれる。


ミルカが言った。


「これは、進むためだけじゃない。集団を崩さないための歌でもある」


ロアンは頷く。


「森に飲まれないための歌だな」


村人が振り返って笑った。


「そういうことです」


朝は苔石。


ロアンたちは地面を見た。


苔の付いた石が、朝露を受けてわずかに光っている。


村人が示す。


「そこ。苔が薄く擦れているでしょう」


ロアンは目を凝らす。


「……言われれば」


ガルドも見る。


「俺にはまだ同じに見える」


ミルカが言う。


「正直でよろしい」


「嘘をつくと迷う」


「正解」


昼近くになると、森の顔が変わった。


苔石の光は分かりにくくなる。


代わりに、白樺の幹が森の奥で浮いて見えた。


「昼は白樺」


村人が歌う。


白い幹の並びを横目に見ながら進む。


見失いそうになった時、導きの石を見る。


針が揺れる。


待つ。


落ち着く。


進む。


ロアンは何度も深呼吸した。


「待つって、難しいな」


ミルカが答える。


「あなたは考えると歩き出すから」


「動いた方が考えやすい」


「森では逆」


「覚えます」


「覚えるだけじゃなくて守る」


「はい」


ガルドが後ろから言う。


「ミルカが老婆みたいだな」


ミルカは振り向かずに答えた。


「誰が老婆」


「知恵が」


「言い方」


「知恵のあるミルカ」


「急に修正した」


エナが小さく笑った。


森の空気は、少しずつ重くなっていった。


木の並びが似てくる。


足音が遅れて聞こえる。


遠くで、仲間の声がしたように聞こえる。


霧が出る。


導きの石の針が、何度も揺れる。


歌がなければ、会話がなければ、黙っているうちに不安だけが膨らんでいたかもしれない。


ロアンは思った。


やっぱり、この一団はよくしゃべる。


でも、たぶんそれでいい。


声があるうちは、まだ互いを見失っていない。


◆ 赤い沢


一行は、赤く濁った沢に出た。


水面は鈍く光っている。


鉄のような匂いがした。


兵士の一人が近づき、水を確かめようとする。


ミルカがすぐに言った。


「足を入れないで」


兵士は止まった。


「調べるだけだ」


ロアンが言う。


「歌では、赤い沢には足を入れるな、です」


兵士は渋い顔をしたが、足を引いた。


ミルカは少し離れた場所で魔力を探った。


「魔力も濁ってる。毒か、魔物の縄張りか、火山性の成分か……原因は分からないけど、入らない方がいい」


ガルドが沢を見た。


「斬れるものではないな」


「沢を斬ろうとしないで」


「確認だ」


ロアンは沢を眺めた。


「歌に必要なのは原因じゃなくて、入るな、か」


エナが小さく言った。


「理由を調べている間に、入ってしまったら危ないです」


「そういうことだね」


一行は迂回した。


少し先で、沢に足を入れたらしい獣の骨が沈んでいた。


骨の周囲の土は赤黒く変色している。


エナが息を呑む。


「入らなくてよかったです」


兵士は青い顔で頷いた。


「歌に従う」


ガルドが言う。


「判断が早い」


ミルカが答える。


「今の早さは正しい」


ロアンは少し笑った。


やはり、早い判断にも種類がある。


待つべき時は待つ。


止まるべき時はすぐ止まる。


それを見分けるために、歌がある。


沢を迂回する間、導きの石は何度か揺れた。


ミルカはそのたびに止まった。


兵士の一人が焦る。


「早く抜けた方がいいのでは」


村人が低く歌った。


「黒い石には急かされるな」


兵士は口を閉じた。


ロアンは導きの石を見た。


針が落ち着くまで待つ。


進みたい気持ちがある。


でも待つ。


待ってから、進む。


森は、進むことよりも、進み方を試しているようだった。


◆ 三つ倒れた木


森の奥で、三本の倒木が重なる場所に出た。


古い木が三本、斜めに倒れ、根が絡み合っている。


その先には、細い道のようなものが続いていた。


兵士たちは自然に進もうとした。


ロアンが手を上げる。


「ここで一度戻る」


兵士が驚いた。


「戻るのか。ここまで来て?」


ロアンは頷いた。


「戻れる道を確認してから進む。戻れなくなったら終わりです」


兵士は困惑する。


「だが、拠点はこの先だろう」


ミルカが導きの石を見る。


「ここから先が、警戒圏かもしれない。歌では、三つ倒れた木を越えたら戻れ」


「本当に戻るのか」


ガルドが森の奥を見る。


「敵も近いな」


エナも小さく言った。


「この先、嫌な感じが強いです」


ロアンは決めた。


「一度戻ります。目印を補強して、後続へ伝令を出して、それから進みます」


兵士はまだ不満そうだった。


「時間がかかる」


ロアンはその兵士を見る。


「戻る道をなくしたら、もっと時間がかかります。生きて戻れなければ、道も伝えられません」


ミルカが小さく頷いた。


「今のは良い」


「たまに?」


「今日は多め」


「やった」


ガルドが言う。


「戻るために進む」


ロアンは頷いた。


「そういうこと」


一行は一度戻った。


来た道を確認する。


苔石。


白樺。


目印。


沢音。


導きの石の向き。


危険な赤い沢の位置。


後続に伝えるため、木に布を巻き、低い位置に傷を付け、地面の石を並べた。


戻る時間は無駄ではなかった。


戻ることで、進む準備が整っていく。


エナはそれを見て、少しだけ安心していた。


手の届く範囲。


戻れる範囲。


今の自分たちが見られる範囲。


その中で、変えられるものを変えていく。


それでいいのだと、少し思えた。


◆ 鳥の声が消えたら


さらに奥へ進むと、森の音が急に消えた。


それまで聞こえていた鳥の声も、虫の羽音も、枝の揺れる細かな音も、すっと薄くなる。


不自然な静けさだった。


ガルドが足を止める。


「静かすぎる」


ロアンも頷く。


「鳥の声が消えたら」


ミルカが導きの石を見る。


針が示す向きを基準にすると、右手側に細い道がある。


進みやすそうな道だった。


枝も少なく、足元も乾いている。


兵士が言う。


「こちらなら進めそうだ」


村人は黙っている。


エナはその右手の道を見て、眉を寄せた。


「そっちは、だめな気がします」


ロアンは左寄りの藪を見た。


そちらは道に見えない。


枝も多い。


進むのに時間がかかりそうだ。


兵士が困る。


「そちらは道ではない」


ロアンは答えた。


「道に見える方が危ない時もある」


ガルドが剣を抜かずに枝をどけた。


「藪なら進める」


ミルカが導きの石を見る。


「歌に従うなら、右へ行かない」


「じゃあ左寄り」


ロアンは決めた。


藪を進む。


枝が服に引っかかる。


足元の根が邪魔をする。


ガルドが前で道を作り、ロアンが後ろの兵士を助け、エナが遅れた者に声をかける。


しばらく進んでから、右手側の道の先が見えた。


大きな花があった。


花弁は青黒く、周囲に白い霧のようなものを吐いている。


近くに鳥の死骸が落ちていた。


ミルカが低く言う。


「毒霧」


兵士は息を呑んだ。


「そのまま進んでいれば」


エナが袖を握る。


「こっちへ行っていたら、だめでした」


ロアンは深く息を吐いた。


「歌、すごいな」


ミルカが答える。


「歌だけじゃない。導きの石も、エナの感じも、村人の知識も、全部」


ガルドが花を見た。


「あれは斬らない方がいいな」


「斬ったら霧が増えると思う」


「なら斬らない」


「よし」


ロアンは苦笑した。


ガルドの判断も、少しずつ森に合ってきている。



※第30話「新しい導きの石」は全七回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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