(四)新しい導きの石
◆ 黒い鉱石
村の鍛冶師は、黒い鉱石をいくつか持っていた。
沢の上流で採れる石だという。
見た目はただの黒い石だ。
だが、鉄を扱う時に妙な癖があるらしい。
鍛冶師は作業場の奥から石を持ってきた。
「使いにくい石だ。混ぜると針が妙に寄る。昔は祠の石に使ったとか聞いたが、詳しいことは知らん」
ミルカは黒い鉱石を受け取り、薄い金属片を並べた。
「細い針はありますか」
鍛冶師は箱から数本出す。
「これでいいか」
「十分です」
ミルカは水を張った小皿を用意した。
その上に小さな葉を浮かべる。
葉の上に、薄い金属片を置く。
ロアン、エナ、ガルド、鍛冶師、老婆、村人たちが覗き込む。
最初、金属片は揺れていた。
水面が落ち着くと、ゆっくり向きを変えた。
やがて、一つの向きで止まる。
ロアンは目を丸くした。
「動いた」
ガルドは真顔で言う。
「生きてるのか」
ミルカは首を振る。
「たぶん、生きてはいない」
「生きていないのに動くのか」
「風でも葉は動く」
「それはそうだ」
エナは不思議そうに見ている。
「でも、同じ方を向こうとしています」
ミルカは何度か金属片を動かした。
毎回、しばらく揺れたあと、同じ向きで止まる。
ミルカは台座の矢印と照らし合わせた。
「これ、方角を示しているのかもしれない」
ロアンが聞く。
「方角?」
「正確には、いつも同じ方向を向こうとしている。森の景色に惑わされないための基準になる」
鍛冶師は腕を組んだ。
「そんなものが、祠の石だったのか」
老婆が言う。
「昔の者は、便利なものを神様のものにするのが好きだったからね」
神官が少し複雑そうな顔をした。
「導きの石が、道具だったと?」
ミルカは慎重に答える。
「神聖さを否定するつもりはありません。ただ、作られたものだと思います。なら、同じ役目を持つものは作れるかもしれません」
ロアンはその言葉を聞いて、少し胸が軽くなった。
失われた神器は戻らない。
持ち去られたのか、砕かれたのかも分からない。
でも、役目は作れるかもしれない。
ガルドが言う。
「つまり、新しい導きの石を作る」
ミルカが頷く。
「同じものになるとは限らない。でも、同じ役目なら果たせるかもしれない」
エナが微笑んだ。
「なくなったものを探すだけではないんですね」
ロアンは頷いた。
「作り直せるなら、その方がいい」
ミルカは黒い鉱石を手に取る。
「一人では無理。職人に頼む」
鍛冶師が鼻を鳴らした。
「ようやく鍛冶屋らしい仕事か」
ガルドが石を持ち上げようとする。
「重いな」
ミルカが言う。
「運んで」
「分かった」
ロアンが笑った。
「ガルドも職人側?」
「運ぶ側だ」
「大事です」
エナが別の黒い石を見て、小さく眉を寄せた。
「その石は、少し嫌な感じがします」
ミルカはすぐに止めた。
「割ってみて」
鍛冶師が石を割ると、中に赤黒い筋があった。
ミルカは頷く。
「使わない」
鍛冶師がエナを見た。
「嬢ちゃん、よく分かったな」
エナは困ったように笑う。
「なんとなくです」
ガルドが真面目に言う。
「なんとなくは強い」
ロアンも頷く。
「橋も豆より当たるし」
鍛冶師が首をかしげた。
「豆?」
ミルカが言う。
「長い話です。作業を進めましょう」
◆ 新しい導きの石
新しい導きの石を作る作業は、一人ではできなかった。
鍛冶師が薄い金属片を打つ。
石工が器を削る。
村人が黒い鉱石を選ぶ。
老婆が歌と使い方を教える。
ミルカが台座の矢印と器の跡を照合する。
ロアンが進み方と戻り方を整理する。
エナが危ない素材を避ける。
ガルドが素材を運び、作業場の外で周囲を見張る。
「石も重いな」
ガルドが言う。
ロアンが答える。
「ずっと運んでるな」
「戦うより重い」
「戦う方が楽?」
「相手が動くから、こっちも動ける。石は動かない」
ミルカが作業台から言う。
「動く石は困る」
「さっき金属片は動いたぞ」
「それは必要な動き」
「石が勝手に歩いたら?」
「捨てる」
「強い判断だ」
作業場に笑いが起きた。
神官だけは、少し戸惑った顔をしている。
「本当に、導きの石を作り直すというのですか」
ミルカは手を止めずに答えた。
「同じものではありません。新しいものです」
「神器を作るなど」
「神器ではなく、道具を作ります」
「道具」
「はい。黒い鉱石、薄い金属片、金属片が自由に動く小さな器、森の中でも壊れにくい外殻、石が示す向きを読める印、台座の矢印との照合。それらを組み合わせる」
神官は黙った。
ミルカは少しだけ言葉を柔らかくした。
「古い導きの石を大切にするなら、形だけを探すより、役目を残す方がいいと思います」
ロアンは頷いた。
「持ち去られたものを探して何日も止まるより、今あるものから進む道を作りたい」
エナも言う。
「歌も残っていますし」
ガルドが付け足す。
「石だけでは足りない」
老婆がにやりと笑った。
「分かってきたね」
新しい導きの石は、夕方に形になった。
小さな器の中で、薄い金属片が揺れる。
黒い鉱石を近づけ、台座の矢印と合わせ、何度も確かめる。
完璧ではない。
針は揺れる。
少し待たなければならない。
だが、落ち着けば同じ向きを示した。
ロアンはそれを覗き込んだ。
「これが、新しい導きの石」
ミルカは言う。
「導きというより、向きを失わないための石」
ガルドが頷く。
「長いな」
「だから導きの石でいい」
「便利な名前だ」
エナはそっと言った。
「新しい導きの石ですね」
ミルカは少しだけ頷いた。
「ええ。新しい導きの石」
◆ 急かされるな
翌朝、新しい導きの石を持って、村の近くの森で試した。
最初は針が揺れて、なかなか安定しなかった。
兵士の一人が不安そうに言う。
「壊れているのでは」
老婆が即座に言った。
「黒い石には急かされるな」
ロアンは手を上げた。
「待ちます」
一行は待った。
針はゆっくり揺れ、少しずつ動き、やがて一つの向きで止まった。
ミルカが言う。
「石が揺れている間に決めるな、ということですね」
老婆は頷く。
「そうだよ」
ガルドが言う。
「待つのも戦術」
「昨日も言ってたね」
「覚えた」
「すごい」
「褒められたのか」
「たぶん」
ロアンは導きの石を見る。
「森が急かす?」
ミルカは森の奥を見た。
「たぶん。早く進め、戻れ、声が聞こえる、そう思わせる。でも、石が落ち着くまで待つ」
エナが小さく言う。
「私も、近くの危ないところだけ見ます」
ロアンはエナを見た。
「それで十分です」
エナは少し安心したように頷いた。
手の届く範囲。
自分の周り。
袖を引ける距離。
船の上で聞いた言葉が、彼女の中に残っていた。
深森拠点を攻略するため、少数の先行隊が組まれた。
灰の一団。
森を知る村人。
各国軍の斥候数名。
魔術師一人。
後続の多国籍軍は、先行隊が道を開き、目印を残してから進む。
指揮官が確認する。
「目的は拠点の単独攻略ではない」
ロアンが頷く。
「はい。後続が通れる道を作ることです」
ガルドが言う。
「道を作れば、兵が来られる」
ミルカも言った。
「道を間違えると、兵ごと森に飲まれる」
兵士たちは重い顔で頷いた。
ガルドが剣を確かめる。
「森の中では、大きく振れないな」
「そうなの?」
ロアンが聞くと、ガルドは周囲の木を見た。
「木に当たる」
ミルカが言う。
「ようやく木の個性が役に立った」
「個性ではなく位置だ」
「それは地形判断」
「同じか?」
「違うけど、今は助かる」
ガルドは満足げに頷いた。
「なら良い」
老婆は先行隊を見送りながら言った。
「歌を忘れるな。石に急かされるな。戻る道を惜しむな」
ロアンは深く頷いた。
「はい」
そして、一行は森へ入った。
※第30話「新しい導きの石」は全七回です。
続きます。
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