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勇者の条件  作者: KEI
第30話 新しい導きの石

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(三)黒い石には急かされるな

◆ 赤い沢と三つの倒木


「赤い沢には足を入れるな」


老婆がそう言うと、ミルカがすぐに尋ねた。


「赤い沢の赤は、鉄分ですか」


老婆は肩をすくめた。


「さあね。毒の時もある。鉄臭い時もある。魔物の縄張りの時もある。火山の方から流れてくるものが混じることもある」


ミルカは少し考える。


「原因は一つじゃない」


「そう。だから歌には原因を入れない。赤い沢には足を入れるな。それで十分だ」


ロアンが言う。


「歌に必要なのは原因じゃなくて、入るな、か」


老婆は頷いた。


「子どもに長い説明をしても、その頃には足を入れてる」


ガルドが言う。


「子どもは早いのか」


「大人も早いよ。危ない時ほど、人は余計なことをする」


ミルカがロアンを見る。


「聞いてる?」


「俺?」


「あなたはたまに、理由を考えながら足を出す」


「気をつけます」


エナが小さく言う。


「私が袖を引きます」


「お願いします」


次に老婆は、少し声を落とした。


「三つ倒れた木を越えたら戻れ」


ロアンが反応する。


「戻れ」


「そうだよ。三本倒木の先は、迷いやすい。昔からそう言われている」


「そこから先に行ってはいけないんですか」


「子どもは戻る。大人でも、準備なしでは戻る」


ミルカが聞く。


「魔王軍の警戒圏に近い可能性は?」


老婆は首をかしげる。


「昔は魔王軍なんていなかったよ。ただ、奥へ入りすぎる境目ではあった」


ロアンは頷いた。


「進むための歌じゃなくて、戻るための歌でもあるんだ」


「戻れる者だけが、また森へ入れる」


老婆の言葉に、ロアンは静かに息を吐いた。


戻る。


また行く。


この森でも、それは同じだった。


ガルドが言う。


「三つ倒れた木を越えたら戻る」


ミルカが言う。


「準備なしでは、ね」


「準備があれば越えるのか」


「その場合でも、戻る道を確認してから」


ガルドは頷いた。


「戻るために進む」


ロアンが少し笑った。


「いい言い方だな」


ミルカが言う。


「たまにガルドも良いことを言う」


ガルドは少し考えた。


「俺もたまになのか」


「みんなたまに」


エナが穏やかに言った。


「たまにが多いと、きっと良い旅です」


ロアンは笑った。


「エナはうまくまとめるな」


老婆はその様子を見て、また少し笑った。


◆ 右へ行くな、急かされるな


老婆は歌の後半を説明する。


「鳥の声が消えたら右へ行くな」


ミルカはすぐに聞いた。


「右って、どっちから見た右ですか」


老婆はロアンたちを見て、にやりとした。


「やっとそこを聞いたね」


ロアンが言う。


「そこ、大事なんですか」


「大事だよ。歌だけじゃ右が分からない」


「じゃあ、何を基準に?」


老婆は言った。


「黒い石が向いた方から見た右だよ」


ミルカの目が細くなった。


エナが気づいたように言う。


「だから、石と歌が両方いるんですね」


老婆は頷いた。


「歌だけじゃ、右が分からない。石だけじゃ、どこで曲がるか分からない」


ガルドが言う。


「つまり、石が道を知っているのか」


ミルカは首を振る。


「たぶん違う」


「違うのか」


「石が道を知っているんじゃない。同じ向きを失わないようにしている」


「同じ向き」


「森の景色に騙されても、基準が残る。だから歌の右や戻れが意味を持つ」


ガルドは少し考えた。


「石が道を知っているんじゃなくて、俺たちが向きを忘れないための石か」


「たぶん」


「なるほど。石は道を知らない」


ミルカは頷いた。


「そう」


「では、石に道を聞いても無駄だな」


ロアンが思わず笑った。


「聞くつもりだった?」


「導きの石と言うから」


ミルカがため息をつく。


「石が答えたら、それはそれで怖い」


老婆が楽しそうに笑った。


最後の節。


「黒い石には急かされるな」


老婆は急に真面目な顔になった。


「これは、よく覚えておきな」


ロアンは姿勢を正した。


「どういう意味ですか」


「黒い石は、迷う時がある」


「石が?」


「揺れるんだよ。森の中ではね。湿気か、鉄の土か、魔力か、そういうものに引かれる時がある。だからすぐに決めちゃいけない」


ミルカが言う。


「石が落ち着くまで待つ」


「そう。黒い石が迷った時に、人まで慌てちゃいけない。石が落ち着くまで待つんだよ」


エナが小さく言う。


「焦ると、森に急かされるんですね」


老婆は頷いた。


「森は急かす。早く進め、こっちへ来い、戻れ、声が聞こえた、そう思わせる。けど、急いで決めると間違う」


ガルドが言う。


「待つのも戦術か」


ミルカが答える。


「森では、たぶんそう」


ロアンは歌を書き留めた紙を見た。


朝は苔石。


昼は白樺。


夕は沢音。


夜は星なし。


赤い沢には足を入れるな。


三つ倒れた木を越えたら戻れ。


鳥の声が消えたら右へ行くな。


黒い石には急かされるな。


それは、ただの道案内ではなかった。


森に飲まれないための決まりだった。


そして、決まりを使うには、黒い石が必要だった。


◆ 台座と器


ミルカは再び祠へ戻った。


台座を調べる。


割れた器を並べ直す。


太陽の位置を見る。


村の古い地図を広げる。


ロアンは横で見ていたが、途中で完全に分からなくなった。


「何を見てる?」


「台座」


「台座は俺にも見える」


「見えてるだけでは足りない」


「それはよく言われる」


ミルカは台座の縁を指した。


「ここ。四つの矢印がある」


ロアンが覗き込む。


「飾りじゃないのか」


「村人はそう思っていた。でも、太陽の位置と村の古い地図を合わせると、かなり正確に東西南北を示している」


ガルドが言う。


「東西南北?」


ミルカは地面に枝で簡単な図を描いた。


「太陽が昇る方、沈む方。それを基準にした向き。台座の矢印は、それに合ってる」


ロアンが言う。


「つまり、この台座は方角を見るためのものだった」


「たぶん。石がどこを向くかを見るための台」


ガルドは納得したように頷いた。


「石が道を知っているんじゃなくて、向きを見るための台か」


「そう」


エナは割れた器を見ていた。


「器の中に、細いものを支えていた跡があります」


ミルカが頷く。


「金属片か、針のようなものかもしれない」


ロアンは首を傾げる。


「黒い石と、細い金属片?」


「そう。黒い石が金属を引くなら、金属片が一定の方向へ動く可能性がある」


ガルドが聞く。


「そんな石があるのか」


その時、後ろにいた老婆が口を挟んだ。


「黒い石なら、鍛冶屋が嫌がる石があるよ」


ミルカが振り返る。


「鍛冶屋が嫌がる?」


「針が妙に寄るとかでね。沢の上流で採れる。昔は祠の石に使ったとか聞いたが、詳しいことは知らない」


ミルカの顔が変わった。


「それ、見せてもらえますか」


ロアンが小声で言う。


「今、ミルカの目が光った」


エナが頷く。


「はい。何か思いついた顔です」


ガルドが言う。


「危ない顔か?」


「たぶん、眠らない顔」


ロアンは少し遠い目をした。


「北の賢者の時と似てるな」


ミルカが振り返る。


「聞こえてる」


「ごめん」


「あとで運ぶものが増える」


「罰が実務」


「旅は実務」


ガルドが感心したように言った。


「強い言葉だ」



※第30話「新しい導きの石」は全七回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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