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勇者の条件  作者: KEI
第30話 新しい導きの石

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(二)老婆の歌

◆ 老婆の歌


村外れの家は、森に一番近かった。


細い煙突から、薄い煙が上がっている。


家の前には、乾かした木の実と、束ねた枝が置かれていた。


老婆は、椅子に座っていた。


白髪を後ろでまとめ、膝に布を掛けている。


目は年齢の割に鋭かった。


ロアンたちを見るなり、老婆は言った。


「また、勇者様の石を探しに来たのかい」


ロアンは少し困った。


「勇者様ではないです」


老婆は笑った。


「そう言う者ほど、話を聞く気がある」


ミルカが小さく言う。


「いい判断基準ね」


ガルドが首をかしげる。


「勇者様だと言ったら?」


老婆が答える。


「だいたい話を聞かない」


ロアンは妙に納得した。


「確かに、それは困ります」


老婆はロアンを見て、少し笑った。


「で、何を聞きたい」


「導きの石と、歌について」


老婆は森の方を見た。


「石はもうないんだろう」


「はい」


「なら、歌だけでも聞いていきな」


ロアンたちは家の前に座った。


兵士や神官も数人、少し離れて聞いている。


老婆は息を整え、低く歌い始めた。


美しい聖歌ではなかった。


飾られた詩でもない。


短い節が、淡々と続く。


子どもが覚えるための歌。


森で迷わないための歌。


木の実を採る時、炭焼き小屋へ向かう時、雨の後に沢へ降りる時に歌われたものだった。


老婆の声が、ゆっくり流れる。


「朝は苔石

昼は白樺

夕は沢音

夜は星なし

赤い沢には足を入れるな

三つ倒れた木を越えたら戻れ

鳥の声が消えたら右へ行くな

黒い石には急かされるな」


歌が終わると、ガルドが真面目に言った。


「短いな」


ミルカが肘で軽くつついた。


「感想が早い」


「長い方がすごい歌かと」


老婆は笑った。


「短いから覚えられるんだよ。長い歌は、森で忘れる」


エナが頷いた。


「覚えられることも、大事なんですね」


ロアンは老婆へ聞いた。


「これは、道案内の歌ですか」


老婆は首を振った。


「道案内だけじゃない。戻るための歌でもある」


「戻るため」


ロアンはその言葉を繰り返した。


老婆は森を見た。


「森で一番怖いのは、進めなくなることじゃない。戻れなくなることだよ」


ロアンは黙った。


胸の奥に、前に聞いた言葉が蘇る。


戻ることは、まだ失敗ではない。


戻れれば、また行ける。


ミルカが紙に歌を書き留める。


「歌の意味を、一つずつ聞かせてもらえますか」


老婆は頷いた。


「いいよ。ただし、歌は紙だけじゃ足りない。歩きながら覚えるものだからね」


「それでも、聞きます」


「聞く気があるなら、教えるさ」


ガルドが小さく言う。


「勇者様ではないからな」


ロアンは笑いそうになった。


「そこ、気に入ったんだ」


「便利な判断基準だ」


老婆はまた笑った。


◆ 朝は苔石、昼は白樺


老婆は、まず最初の節から説明した。


「朝は苔石」


老婆は足元の石を杖で軽く叩く。


「朝は地面を見るんだよ。苔石が光る方は、人が昔から踏んだ道だ」


ミルカが聞く。


「苔の付き方ですか」


「それもある。朝露の残り方もある。光の当たり方もある。森道は、よく見ると踏まれた石だけ少し違う」


ロアンは感心した。


「道が見えないんじゃなくて、見方を知らないだけなのか」


老婆は頷いた。


「そういうこともある」


ガルドは地面を見た。


「全部同じ石に見える」


ミルカが言う。


「だから教わる」


「教われば見えるのか」


老婆は笑った。


「すぐには見えないね」


ガルドは真面目に頷いた。


「では、俺はまだ無理だ」


「判断が早い」


「早すぎると間違うのでは?」


「今のは合ってる」


ロアンは肩を揺らして笑った。


老婆は続ける。


「昼は白樺」


「白樺を見るんですか」


エナが聞くと、老婆は森の方を指した。


「昼は白い幹が浮いて見える。森の奥でも、白樺の並びが一定の位置に見える道なら、大きく外れていない」


ミルカが言う。


「朝と昼で、見るものが違うんですね」


「森は時間で顔を変えるからね」


ロアンは唸った。


「顔が変わる相手に、同じ見方をしていたら迷う」


「そういうことさ」


ミルカがロアンを見る。


「たまに良いことを言う」


「たまに?」


「今のは良かった」


「褒められたと思っておく」


ガルドが真面目に言う。


「褒められた時は戻すな」


ミルカが即座に返す。


「それは戻していい」


「難しいな」


老婆は楽しそうに見ていた。


「お前たち、よくしゃべるね」


ロアンは少し恥ずかしそうに言う。


「旅をしていると、黙ってる時間も長いので」


ミルカが言う。


「この人は、黙ってると考えすぎる」


エナが付け足す。


「ガルドさんは、黙っていると急に動きます」


ガルドは納得したように頷いた。


「だから話しているのか」


「自覚がなかったんですね」


「なかった」


老婆は声を上げて笑った。


◆ 夕は沢音、夜は星なし


老婆は次の節へ進んだ。


「夕は沢音」


エナが聞く。


「水の音ですか」


「ああ。夕方は目を頼ると、森に騙される。沢の音を横に聞きながら歩くんだよ」


ロアンは言った。


「沢へ向かうんじゃなくて?」


「近づきすぎても駄目だ。沢は道にもなるが、罠にもなる」


ミルカが頷く。


「音の距離を保つんですね」


「そう。近すぎれば足を取られる。遠すぎれば道を外れる」


ガルドが腕を組む。


「音を横に聞きながら歩く」


老婆が頷く。


「剣で言うなら、相手を真正面に置かないことかね」


ガルドの目が少し変わった。


「分かりやすい」


ミルカが小声で言う。


「今ので分かるんだ」


「分かった」


「森を剣で理解した」


「便利だな」


「便利かどうかは分からない」


老婆は次を歌うように言った。


「夜は星なし」


ガルドが空を見る。


「夜は星で方角を見るのでは?」


老婆は首を振る。


「この森では、木々が空を覆う。星なんて見えない。星を探して上を見れば、足元の根や沼を見落とす」


ロアンが言う。


「つまり、夜は動かない方がいい」


「そうさ。強い弱いじゃない。見えないものは見えない」


ガルドは静かに頷いた。


「見えないものは斬れない」


ミルカが言う。


「それはそう」


「なら夜は動かない」


「珍しく早い決断が正しい」


「早い方が迷わない」


「全部それで済ませないで」


エナは少し笑った。


老婆はロアンたちを眺めてから、静かに言った。


「森は勇気で勝つ相手じゃない。強い足でも、よく斬れる剣でも、見えないものは見えない。だから歌がある」


ロアンは頷いた。


「覚えます」


「覚えるだけじゃ足りない。守るんだよ」


その言葉は、少し重かった。


歌を知っていても、守らなければ意味がない。


戻る条件と同じだった。


決めることより、守ることが難しい。



※第30話「新しい導きの石」は全七回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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