(十)人魚の導き
◆ 人魚の導き
転移ゲート網が壊れたことで、各国の空気は少し変わった。
魔王軍が突然、遠くへ兵を送る力は弱まった。
だが、それで戦いが終わるわけではない。
新しい問題が浮かび上がった。
海だった。
南方方面へ進むには、海路の確保が必要になる。
沿岸部では、魔物の出没が増えている。
近海で船が消えている。
古い海底洞窟の伝承がある。
魔王軍の補給記録には、深海拠点らしき符号が残っている。
そして、古い勇者文献には、こう書かれていた。
人魚の導き。
セリアンからの追加書状と、北の賢者経由の情報が、ロアンたちの元へ届いた。
ロアンはその一文を見て、首をかしげる。
「人魚?」
ミルカは眉をひそめた。
「文献上は、そう書かれているみたい」
エナは少し目を丸くする。
「本当にいるんでしょうか」
ガルドは真面目に言った。
「見たことはないな」
「見たことあったら驚きます」
ロアンは書状をもう一度見る。
人魚の導き。
深海拠点。
海底洞窟。
古い勇者文献。
どれも曖昧だった。
けれど、完全な作り話とも言い切れない。
国境洞窟の時も、必要だったのは強い剣ではなく、向こう側へ知らせることだった。
転移ゲートの時も、自分たちが壊したわけではない。
できる人に、必要な情報を届けただけだった。
なら、今回も同じだ。
まずは、現地で聞くべきだ。
海を知る者に。
漁を知る者に。
船を出す者に。
古い歌を覚えている者に。
潜る者に。
ロアンは言った。
「まず、漁村で話を聞こう」
ミルカが頷く。
「伝承より、現地の人の話ね」
エナが少し考えて言う。
「人魚の話も、聞けるかもしれませんし」
ガルドが聞く。
「人魚がいなかったら?」
ロアンは答えた。
「その時は、人魚じゃない何かを探す」
ガルドは納得したように頷く。
「分かった」
ミルカは地図を広げた。
「漁村までは、海沿いの街道を三日」
エナは薬草袋を確認する。
「船酔いの薬、いりますか?」
ガルドが真面目に言う。
「船でも剣は振れるのか」
ミルカが即座に言った。
「振らないで」
ロアンは少し笑った。
四人は歩き出す準備を始めた。
転移ゲートは壊れた。
けれど、旅は終わらない。
次の土地がある。
次の道がある。
次は、海だ。
◆ 次の土地へ
灰の一団は、王都を出た。
門を破ったわけではない。
兵を斬ったわけでもない。
一枚の通行手形と、いくつもの密書を持って出た。
それは脱出であり、任務でもあった。
正式であり、非公式でもあった。
アークガルム王国は、彼らを手放したくなかった。
だが、王国の中にも、彼らを道へ戻すべきだと考えた者たちがいた。
セリアン参事官は手形を用意した。
ある高官は、それに気づきながら見逃した。
そして、後から戻れるだけの細い道を残した。
この者たちは、一つの国に置いておくべきではない。
道に出てこそ、意味がある。
彼らは各国へ密書を届けた。
転移ゲートの位置。
破壊方法。
同時に動くべき時刻。
失敗した時の撤退条件。
それらを、できる者たちへ届けた。
そして、各国は動いた。
灰の一団は、ゲートを壊さなかった。
だが、ゲートは壊れた。
誰かが裏で各国を結んだ。
魔王軍がそう見るなら、それは正しい。
ただし、その誰かは王でも将軍でもなかった。
灰色の外套を着た、四人の旅人だった。
そして、旅は止まらない。
次に浮かんだのは、海だった。
深海拠点。
人魚の導き。
古い勇者文献に残る、不確かな言葉。
ロアンは、その言葉をそのまま信じたわけではなかった。
疑ったわけでもなかった。
ただ、現地へ行かなければ分からないと思った。
海を知る者に聞く。
漁村で聞く。
古い歌を聞く。
船を出す者に聞く。
潜る者に聞く。
答えは、文献の中ではなく、その土地にあるかもしれない。
ロアンは灰色の外套を羽織り直した。
「次の土地へ行こう」
ミルカは地図を畳む。
エナは薬草袋を肩にかける。
ガルドは剣を腰に戻す。
四人は街道へ出た。
一つの国を抜け、次の土地へ。
彼らは、そういう一団だった。
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