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勇者の条件  作者: KEI
第28話 次の土地へ行け

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(六)三年しか

◆ 三年しか


北方の小さな宿場町に着いた時、ミルカはいつもより無口だった。


宿場は寒かった。


王都ほど大きくない。


石造りの家も少ない。


風が強く、道端の草は低い。


その町の外れに、古い薬草屋があった。


二階の小部屋に、その人はいた。


北の賢者。


ただし、ロアンが想像していたような、長い白髭の大魔術師ではなかった。


旅の魔術師のような格好をした、痩せた男だった。


年齢は分かりにくい。


若くはない。


だが、老人とも言い切れない。


目だけが妙に鋭かった。


ミルカが部屋の入口で止まる。


男は椅子に座ったまま、彼女を見た。


「大きくなったな」


ミルカの声が少し硬くなる。


「先生」


男は次にロアンを見る。


「お前もいたのか。魔力の糸を三日で投げ出した方」


ロアンは思わず言った。


「三日じゃないです。もう少しやりました」


ミルカが小声で言う。


「三日くらい」


ロアンは黙った。


エナは丁寧に頭を下げた。


ガルドは部屋の中を見回す。


本棚、薬草、古い杖、石の器、乾かした紙。


剣で斬る場所ではなかった。


「狭いな」


ミルカが言う。


「斬り合わないで」


「分かってる」


北の賢者はガルドを見て、少しだけ笑った。


「面白い連中といるな」


ミルカは封書を差し出した。


「セリアン参事官からです」


北の賢者は封を見て、表情を少し変えた。


「王都が、ようやく焦ったか」


彼は封書を開き、中身を読んだ。


転移ゲート同時破壊作戦に関する魔術的助言の依頼。


各国への照合に必要な魔力符号の確認。


安定石破壊時の逆流対策。


副石の処理。


保守記録焼却の必要性。


北の賢者は読み終えて、短く言った。


「急ぐべきだな」


ロアンが聞く。


「協力してくれますか」


「協力する。だが、私はゲートを壊しに行かん」


北の賢者は紙を畳む。


「各地の魔術師へ、壊し方を正しく伝える」


ミルカが静かに言った。


「私たちと同じですね」


「お前たちは届ける。私は読む者が間違えないようにする。それぞれ役目が違う」


その言葉に、ロアンは古い絵本を思い出した。


小さな精霊たちの話。


火だけでは足りない。


水だけでも足りない。


風も土も、一人では世界を作れない。


足りないなら、補えばいい。


できる者に届ければいい。


ミルカはしばらく黙っていた。


それから、師匠を見た。


「聞きたいことがあります」


北の賢者は目だけで続きを促した。


「私に教えたのは、普通の基礎ではなかったんですか」


「基礎だ」


ミルカは眉を寄せる。


「でも、学院の基礎とは違いました」


北の賢者は鼻で笑った。


「あれは基礎を派手に見せる練習だ」


ミルカは黙る。


「火を大きくするのは簡単だ。水を広げるのも簡単だ。風を騒がせるのも、土を盛るのもな。難しいのは、必要な量を、必要な場所に、必要な形で置くことだ」


「それを三年、やらされました」


「三年しかやらせていない」


ロアンが小声で言う。


「三年しか?」


北の賢者は気にせず続ける。


「お前は覚えが良かった。だから少し詰め込みすぎた」


ミルカが固まった。


「詰め込みすぎた?」


「魔法学校なら主席卒業程度の基礎は入れた」


部屋が静まった。


ロアンが聞き返す。


「主席卒業?」


ガルドも言う。


「それは、すごいのか」


ロアンは答える。


「たぶん、すごい」


エナはミルカを見る。


「ミルカさん、主席卒業だったんですか」


ミルカは即座に言う。


「卒業してないし、入学もしてない」


北の賢者は平然としている。


「お前が何でも吸うからだ。田舎で先入観もなかった。教える側が楽しくなった」


ミルカの目が細くなる。


「楽しくなった、で三年?」


「最初は一週間のつもりだった」


ロアンがつぶやいた。


「三年居座った理由、それですか」


北の賢者は悪びれない。


「良い弟子がいると、旅は遅れる」


ミルカは頭を抱えた。


ロアンは、少しだけ安心した。


ミルカの師匠は、やはりミルカの師匠だった。


説明が雑で、基準がおかしくて、けれど確かに何かを見ている。


北の賢者は、ミルカへ向き直った。


「派手な魔法に合わせるな」


ミルカは顔を上げる。


「中央の魔法は間違っているんですか」


「間違ってはいない。見せる魔法、威嚇する魔法、大人数に教える魔法としては意味がある」


「では、私の魔法は?」


「お前の魔法は、必要な場所を抜く魔法だ」


北の賢者は指で机を軽く叩く。


「燃やすな。流すな。散らすな。置きすぎるな。通せ」


ミルカは静かにうなずいた。


「はい」


「それと、ロアンを見ておけ」


ミルカが顔を上げる。


「ロアンを?」


「お前は強い。だが、強い魔法は使う場所を間違えるとただの穴になる。あいつは使う場所を見つけるのがうまい」


ミルカは少し考える。


「雑ですけど」


北の賢者はうなずく。


「雑だが、道を見る」


ロアンは何とも言えない顔になる。


「褒められてます?」


エナが優しく言った。


「たぶん」


ガルドも言う。


「道を見るのは大事だ」


ミルカは少しだけ笑った。


「分かります」


北の賢者は封書をしまい、別の紙を取り出した。


「各地の魔術師へ書状を書く。少し待て」


「どのくらいですか」


ミルカが聞くと、北の賢者は答えた。


「一晩」


ミルカは少し身構えた。


「一週間が三年になる人の一晩ですか」


「今回は本当に一晩だ」


ロアンは小声で言った。


「信用していいのかな」


ミルカは答える。


「半分くらい」


その夜、北の賢者は本当に一晩で書状を書いた。


ただし、朝のミルカは寝不足になった。


細かい魔力符号の確認を手伝わされたからだ。


「先生」


「何だ」


「一晩は本当でしたけど、私を寝かせる気はありましたか」


「必要な量を、必要な場所に、必要な形で置いた」


「人の睡眠にも適用してください」


ロアンは少し笑った。


ミルカは疲れていたが、その顔は王都にいた時より少し軽くなっていた。



※第28話「次の土地へ行け」は全十回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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