(一)居心地のいい檻
◆ 居心地のいい檻
王都での生活は、悪くなかった。
むしろ、旅の途中から見れば、かなり良かった。
朝になれば食事が出る。
眠る場所がある。
雨漏りもしない。
薬草は補充される。
包帯もある。
ロアンの剣も、ガルドの剣も、王国の武具係が見てくれる。
ミルカは魔術院や魔法学院の資料を読める。
エナは医療施設で手伝いながら、知らない薬や手当ての仕方を学べる。
ガルドは兵士たちと稽古ができる。
ロアンには、各地の地図と報告書が渡される。
灰の一団は、厚遇されていた。
アークガルム王国第八傭兵団第三遊撃部隊。
通称、灰の一団。
その長い名前にも、少しずつ慣れてきていた。
慣れてきてしまっていた。
ロアンは宿舎の机に広げた地図を見ながら言った。
「居心地はいいんだよな」
ミルカは窓の外を見ている。
王都の通りは整っていて、兵士の巡回も多い。
危険は少ない。
少なくとも、街道の野営よりはずっと安全だった。
「居心地がいい檻もある」
ミルカが言った。
エナが小さく聞く。
「檻、なんですか」
ミルカは少し迷った。
それから答える。
「扉が開いていても、出られないなら檻」
ガルドが壁際で剣を拭きながら言った。
「なら壊すか」
ミルカは即座に返す。
「壊さない」
「そうか」
「そう」
ロアンは苦笑した。
「今回は、そういう問題じゃないと思う」
「門は開いている」
ガルドは言う。
「兵士も斬らなくていい。なら、歩いて出ればいい」
「それをやると、たぶん脱走扱いになる」
ロアンが言うと、ガルドは少し考えた。
「面倒だな」
「面倒なんです」
エナは地図の端を見ていた。
そこには、転移ゲート候補地がいくつか記されている。
王国内だけではない。
国境の向こうにも、印がある。
「外の土地にも、困っている人はいますよね」
「いると思う」
ロアンは答えた。
「でも、出られない」
「出してもらえない、ね」
ミルカが訂正する。
ロアンは地図に目を落とす。
王都の門はある。
街道もある。
道は続いている。
けれど、その道へ足を踏み出す許可がない。
任務が未定。
会議中。
書類待ち。
調整中。
その言葉が、見えない柵になっていた。
ミルカは机の上の別の紙を見る。
魔法学院から戻って以来、彼女は少し口数が減っていた。
中央の魔法は派手だった。
火は大きく、風は広く、水は流れ、土は高く盛り上がった。
それに比べて、ミルカの魔法は小さい。
小さいのに、的を貫いた。
石を弾いた。
風を一点に集めた。
土を必要な角度だけ跳ね上げた。
自分が教わったものは、本当にただの基礎だったのか。
師匠はいったい何者だったのか。
その問いも、彼女の中でずっと残っていた。
ロアンはふと尋ねる。
「ミルカ、まだ気になってる?」
「何が」
「先生のこと」
ミルカは少し黙る。
「気になってる」
「会えたらいいな」
「うん」
短い返事だった。
だが、その声はいつものミルカより少しだけ揺れていた。
王都は安全だった。
でも、進めない。
知りたいこともある。
届けなければならないものもある。
行くべき場所がある。
それなのに、灰の一団は王都にいた。
道は、窓の外にあるだけだった。
※第28話「次の土地へ行け」は全十回です。
続きます。
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