(九)北方系統
◆ 北方系統
セリアンは、魔法学院から上がってきた報告にも目を通した。
そこには、ミルカの魔法について書かれていた。
派手な魔法は使わない。
出力より収束度が異常。
火魔法は燃焼ではなく貫通に近い。
水魔法は流動ではなく圧縮射出に近い。
風魔法は広域流動ではなく局所制御。
土魔法は壁生成ではなく瞬間的な角度形成。
通常の学院教育とは異なる基礎体系の可能性あり。
指導者は不明。
北方系統の古い制御理論に近い。
セリアンは、最後の一文で手を止めた。
北方系統。
彼には心当たりがあった。
かつて北の賢者と呼ばれた人物。
派手な魔法を嫌い、基礎制御を極端に重視した魔術師。
王都の流行から離れ、旅に出た人物。
記録上は、すでに表舞台から消えて久しい。
だが、完全に消えたわけではない。
セリアンは小さく言った。
「まさか、あの方の弟子か」
彼は机の奥から、未送付の書状を取り出した。
宛名は、北方の魔術顧問。
正式には、王国の外部顧問だった人物。
ただし、王都では別の名で呼ばれていた。
北の賢者。
セリアンは書状を見つめた。
灰の一団。
転送ゲート。
王国の囲い込み。
ミルカの魔法。
別々に見えたものが、少しずつつながり始めている。
まだ動くには早い。
だが、ここで止めれば、また同じことになる。
その思いだけは、はっきりしていた。
◆ 出られない国
ロアンたちは、王都の宿舎で地図を見ていた。
王国から渡されたものだ。
道は細かい。
村の位置も分かる。
拠点跡も記されている。
転送ゲート候補地も、いくつか印がつけられていた。
ロアンはその一つを指した。
「このゲート、他国にもつながってるんだよな」
ミルカが答える。
「資料を見る限り、つながってる」
エナが言う。
「そこにも、困っている人がいるんですよね」
ガルドは剣を布で拭きながら言った。
「なら、行くべきだろう」
ミルカは苦い顔をした。
「許可が出ない」
ロアンは天井を見上げた。
「国に評価されるって、もっと自由になることだと思ってた」
ミルカは地図を畳む。
「評価されると、値段がつく。値段がつくと、持っていたい人が出る」
「物みたいだな」
「国は、役に立つものを持ちたがる」
エナは静かに言った。
「私たちは、物ではありません」
ミルカは頷いた。
「うん」
ガルドが言う。
「なら、出ればいい」
ミルカは首を横に振る。
「勝手に出れば脱走扱い。追われる。国境でも止められる」
ガルドは少し考えた。
「面倒だな」
ロアンは笑えなかった。
王都は安全だった。
食事もある。
宿もある。
剣も直る。
薬草もある。
魔法の資料もある。
なのに、息が詰まる。
魔物に囲まれているわけではない。
檻に入れられているわけでもない。
扉は開いている。
門も開いている。
だが、出られない。
許可がないから。
書類がないから。
任務が決まっていないから。
会議が終わっていないから。
ロアンは地図の上に手を置いた。
「次の土地へ行きたい」
エナが頷く。
「私もです」
ガルドも言う。
「外を見たい」
ミルカは少し黙った。
それから、低く言う。
「私も、聞きたいことがある」
「師匠?」
ミルカは頷く。
「うん。師匠が何者だったのか。私の基礎が何だったのか」
ロアンは四人を見回した。
全員、行きたい場所がある。
行くべき場所がある。
でも、国が止めている。
それが、今回の敵だった。
魔物ではない。
洞窟でもない。
病でもない。
国の都合。
書類。
許可。
会議。
名誉。
褒賞。
それらが、灰の一団の足を止めていた。
その夜、セリアン参事官は自室で資料の写しを見つめていた。
各国別の転送ゲート候補地。
確認済みと推定の区別。
破壊方法。
同時破壊の推奨時刻。
必要な合図。
各国へ渡すべき最低限の情報。
王国の通行手形案。
北方の魔術顧問宛ての未送付書状。
会議では止まった。
許可は出なかった。
だが、止めれば魔王軍の道は残る。
セリアンは小さく言った。
「ここで止めれば、また同じことになる」
灰の一団は、評価された。
食事を与えられた。
宿舎を与えられた。
装備を直され、薬草を補充され、正式な所属名まで与えられた。
アークガルム王国第八傭兵団第三遊撃部隊。
通称、灰の一団。
それは名誉だった。
同時に、鎖でもあった。
王都の門は開いていた。
だが、彼らは出られなかった。
許可がなかった。
任務が未定だった。
会議が終わっていなかった。
書類が整っていなかった。
国は、彼らを大切に扱った。
大切に扱いながら、手放さなかった。
その頃、王国の机の上には、魔王軍の転送ゲート網が広がり始めていた。
西側拠点から押収された資料。
諜報部が集めた魔力痕。
商人の噂。
捕虜の証言。
旧街道図。
廃砦の記録。
それらを重ねれば、魔王軍の道が見えてくる。
だが、その道は一国の中に収まっていなかった。
一国で壊せるものでもなかった。
同時に動かなければならない。
各国へ知らせなければならない。
しかし、王国は迷った。
情報を渡すべきか。
灰の一団を出すべきか。
自国の利益を捨ててまで、他国と同時に動くべきか。
会議は続いた。
許可は出なかった。
灰の一団の噂は、街道から消えていった。
そして、別の場所では、ミルカが自分の魔法に疑問を抱いていた。
王都の魔法は派手だった。
自分の魔法は地味だった。
けれど、的を貫き、石を弾き、風を一点に集め、土を必要な角度に跳ね上げた。
彼女は、ただ基礎を教わっただけだと思っていた。
だが、その基礎は、学院の基礎とは違っていた。
師匠はいったい何者だったのか。
その答えもまた、王都の書類の中に眠っていた。
一人の文官だけが思った。
この者たちは、ここに置いておくべきではない。
次の土地へ行かせなければならない。
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