(二)押収された資料
◆ 押収された資料
拠点の奥は、ただの武器庫ではなかった。
粗末な寝床。
食料庫。
錆びた刃物。
魔物用の餌。
それらに混じって、石の箱が見つかった。
王国の調査官がそれを開いた時、周囲の空気が変わった。
中には、薄い金属板と、魔力を帯びた紙片が束になって入っていた。
普通の地図ではない。
文字も、王国の公用文字ではない。
だが、魔術院の調査官が一枚を見た瞬間、顔色を変えた。
「これは、転送ゲートの保守記録です」
近くにいた兵士たちがざわついた。
転送ゲート。
魔王軍が兵や物資を遠くへ動かすために使っていると噂されていたもの。
突然、魔物が現れる。
一夜で補給が増える。
街道を封鎖したはずなのに、別の場所に敵が出る。
その理由ではないかと、ずっと言われていた。
けれど、位置も仕組みも、詳しくは分かっていなかった。
押収された資料には、西側領域の候補地が記されていた。
ゲートを識別する符号。
安定に使う魔石の種類。
起動の周期。
保守担当の巡回記録。
破損時の応急処置。
簡単な接続図。
そして、他地域の符号の一部。
完全な地図ではない。
世界中の転送ゲートが一枚にまとまっているわけでもない。
けれど、規則はあった。
ミルカは資料の写しを見せられて、しばらく黙っていた。
ロアンが横から聞く。
「読めるの?」
「全部は無理。でも、繰り返しは分かる」
「繰り返し?」
「同じ符号。同じ石。同じ周期。同じ地形」
ミルカは指で写しの端をなぞる。
「ゲートは適当に置かれていない。古い街道、廃砦、水脈、魔力の流れ、補給拠点。そのどれかに重なっている」
ロアンは顔をしかめた。
「つまり、探し方が分かる?」
「たぶん。全部の場所が分かったわけじゃない。でも、どこを調べればいいかは分かる」
ガルドが聞く。
「全部壊せばいいのか」
ミルカは資料を見たまま答える。
「全部がどこにあるか分かればね」
エナが小さく言う。
「他の国にもあるんですよね」
ミルカは頷いた。
「この符号を見る限り、ある」
その言葉は、拠点跡の空気をさらに重くした。
西側拠点を一つ壊しただけでは、終わらない。
魔王軍の道は、もっと広い。
もっと遠くへ伸びている。
その一部が、ようやく見え始めただけだった。
◆ 点が線になる
アークガルム王国は、実は以前から転送ゲートを調べていた。
ただし、それは転送ゲートそのものを知っていたというより、奇妙な痕跡を集めていたという方が近い。
荷馬車が突然消えた街道。
魔物が何度も現れる廃砦。
夜だけ淡く光る古い石柱。
魔力の残り香が消えない森の奥。
誰も通らないはずなのに、地面が踏み固められている谷。
王国の諜報局と魔術院は、そうした場所を少しずつ調べていた。
けれど、それらはばらばらだった。
点でしかなかった。
今回の押収資料で、その点が線になり始めた。
王都から来た諜報官が、拠点内の仮設机に地図を広げる。
赤い石が置かれた場所は、押収資料に符号があった地点。
黒い石は、王国が以前から魔力痕を確認していた地点。
白い石は、旧街道や廃砦の記録から推測される地点。
青い石は、商人や捕虜、国境村から出た証言だけの地点。
諜報官が言った。
「我々が見つけていた魔力痕と、押収資料の符号が一致します」
魔術院の調査官が答える。
「ならば、国内の候補地はかなり絞れます」
軍人が腕を組む。
「他国の分はどうする」
諜報官は青い石を指した。
「商人、亡命兵、捕虜、国境村の報告、旧街道図。断片はあります。ただし、照合には時間が要ります」
ロアンは地図を見ていた。
赤、黒、白、青。
石が増えるほど、道が見えてくる。
魔王軍の道。
人間の街道とは違う道。
ただ、よく見ると重なっている場所もある。
古い街道。
廃砦。
水場。
村の近く。
人の道が、魔王軍の道に使われている。
それが、ロアンには嫌だった。
「俺たちが使う道と、重なってるんだな」
ミルカが頷く。
「だから厄介なんだと思う。人が通れる場所は、魔物も通れる」
エナは地図を見ながら言った。
「そこにも、人が住んでいるんですよね」
誰もすぐには答えなかった。
地図の上では、石ひとつだ。
でも、そこには村があり、宿があり、橋があり、畑があり、神殿がある。
誰かの戻る場所がある。
それが狙われている。
ロアンは拳を握った。
けれど、何をすればいいのかは、まだ分からなかった。
※第27話「出られない国」は全九回です。
続きます。
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