(三)戻る仕事
◆ 戻る仕事
森の道は、想像より悪かった。
雨の後で土が柔らかい。
馬車の車輪が沈む。
木の根が道に張り出し、荷馬車が傾きそうになる。
ロアンは前後を見ながら歩いた。
ガルドは前衛。
ミルカは道と周囲の魔力を見る。
エナは従者の足の状態を確認する。
護衛というより、荷馬車全体を少しずつ動かす仕事だった。
途中、小鬼が二匹出た。
ガルドが一匹を道の外へ弾き、ロアンがもう一匹を馬車から離す。
ミルカが車輪の横に小さな土の壁を作り、石を弾く。
エナは従者が転びかけたところを支えた。
そこまでは、予定の範囲だった。
問題は、その先だった。
ガルドが足を止めた。
「待て」
ロアンも止まる。
「どうしました」
ガルドは道の先の土を見る。
足跡がある。
小鬼のものだけではない。
もっと大きい。
深い。
複数。
ミルカがしゃがみ込む。
「小鬼だけじゃない。大型が混ざってる」
商人が後ろから言った。
「あと少しだ。進めば抜けられる」
ロアンは足跡を見る。
馬車を見る。
従者を見る。
道を見る。
そして、空を見る。
森は静かすぎた。
「戻ります」
商人が声を荒げる。
「約束が違う!」
ロアンは振り返った。
「約束通りです。想定より多い場合は撤退する」
「だが、荷は」
「戻します」
「向こうの村が待ってるんだぞ!」
ロアンは少し迷った。
その村にも困っている人がいる。
分かる。
けれど、ここで進んで全滅したら、荷も人も届かない。
ロアンは言った。
「今日は戻ります。道を変えるか、兵を増やして出直す」
ミルカが足跡を指す。
「この荷馬車の速度では、追われたら逃げ切れません」
ガルドも言う。
「俺一人なら入れる。でも荷馬車は無理だ」
エナは従者を見る。
「この人は走れません」
商人は歯を食いしばった。
納得はしていない。
だが、条件は決めていた。
「……戻る」
ロアンは頷いた。
「戻ります」
帰り道にも小型の魔物が出た。
焦った馬が暴れかける。
ロアンが前に出て、馬を落ち着かせる。
「大丈夫。戻るだけだ」
ミルカが足元を崩して魔物の足を止める。
ガルドが前で切り払い、エナが従者を馬車に乗せる。
全員が宿場へ戻った時には、日が傾いていた。
目的地には着かなかった。
荷も届かなかった。
けれど、人も馬も荷も失われなかった。
商人は不満そうだったが、約束通り報酬を払った。
周囲の者が少し驚く。
「目的地まで行ってないのに払うのか」
商人は苦い顔で言った。
「約束だからな」
ロアンは受け取る時、少し気まずかった。
ミルカはしっかり受け取る。
「ありがとうございます」
エナが小声で聞いた。
「いいんでしょうか」
ミルカは答える。
「いい。戻る判断にも責任があるから」
ガルドが言う。
「それに、戦った」
ロアンは銅貨の重さを感じた。
これは、感謝の礼ではない。
仕事の対価だ。
目的地に着くことだけが仕事ではない。
進まない判断。
戻る判断。
それにも責任がある。
責任があるなら、報酬を受け取っていい。
ロアンは、そのことを少しだけ覚えた。
※第25話「報酬はもらう」は全六回です。
続きます。
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