(七)戻る場所を持って
◆ 戻る場所を持って
帰り道、ガルドはしばらく黙っていた。
林の中を歩きながら、自分の手を見たり、剣の柄を見たり、足元を見たりしている。
ロアンは隣を歩いた。
「ライゼンさん、強かったですね」
ガルドは頷く。
「強かった」
「兵士たちも」
「強かった」
「でも?」
ガルドは少し黙る。
「でも、見えた」
ミルカが聞く。
「何が?」
「踏み込める場所。かわす場所。戻りを待たなくてもいい場所」
ロアンは言う。
「それ、ガルドさんだから見えるんだと思います」
ガルドは首を振る。
「そうなのか?」
ミルカがはっきり言った。
「そうです」
エナも言う。
「普通は、見えても体が追いつかないと思います」
ガルドはまた自分の手を見る。
「俺は、自分が思っていたより強いのかもしれない」
ロアンは笑った。
「だいぶ」
ミルカが言う。
「だから、だいぶでは足りない」
ガルドは困ったように笑う。
「そんなにか」
「そんなにです」
ロアンははっきり言った。
道場に戻ると、師範が待っていた。
ガルドは討伐の報告をした。
国の兵が強かったこと。
ライゼンが前線を支えたこと。
岩腕を斬ったこと。
ライゼンに外を見た方がいいと言われたこと。
師範は黙って聞いていた。
最後まで聞いてから、静かに言う。
「そうか」
ガルドは少し迷った。
それから、まっすぐ師範を見る。
「外には強い剣士がいました」
「そうか」
「でも、その剣士が斬れない相手を、俺は斬れました」
師範はうなずく。
「そうか」
「それがどういうことなのか、まだよく分かりません」
「なら、見てこい」
ガルドは顔を上げた。
「外を、ですか」
「ここにいても、お前の剣がどこまで届くかは分からん」
ガルドは道場を見た。
木剣。
古い防具。
壁の板。
> よく戻せ
そして村の方を見る。
薬草の崖。
朝の道。
師範。
自分の生活。
エナが静かに言った。
「戻ってきてもいいと思います」
ガルドはエナを見る。
ロアンも言う。
「戻る理由を持って進めばいいって、俺も教わりました」
ミルカが続ける。
「薬草の場所は、誰かに引き継いでからの方がいいですね」
ガルドは少し笑った。
「現実的だな」
ミルカは答える。
「旅は現実です」
ロアンがうなずく。
「靴紐と薬草と食料と、戻る道です」
「急に増えたな」
ガルドは笑った。
そして、もう一度師範を見る。
「少し、外を見たい。自分の腕を試したい」
師範は言った。
「行ってこい」
それだけだった。
だが、その一言で十分だった。
ガルドはロアンたちへ向き直る。
「あんたたちの旅に、しばらく同行させてくれ」
ロアンは少し驚いたが、すぐに笑った。
「もちろんです」
ミルカが言う。
「条件があります」
ガルドは首をかしげる。
「条件?」
「薬草の引き継ぎ。道場への連絡。戻る時期の目安。あと、勝手に危ない崖へ行かない」
ガルドは少し考えた。
「最後は難しいな」
エナが真面目に言う。
「難しいんですか」
「薬草があるからな」
ミルカはため息をついた。
「外に出る前から管理項目が多い」
ロアンは笑った。
「でも、仲間が増える感じがする」
エナはその言葉に、少しだけ黙った。
仲間。
まだ、正式な名前はない。
ロアン。
ミルカ。
エナ。
ガルド。
四人が並んでいる。
それだけだった。
けれど、何かの形が生まれ始めていることは、皆どこかで感じていた。
その夜、エナは神殿へ戻った。
討伐の報告を聞いた父は、しばらく黙っていた。
エナは薬箱を膝に置き、静かに言った。
「父さん」
「何だ」
「私も、外を見てきたいです」
父は娘を見る。
「怖くないのか」
エナは少し考えた。
「怖いです」
「なら、なぜ」
「戻ってきてもいいと、分かったので」
父は目を伏せた。
ロアンたちの言葉。
鍛冶師の病。
古い絵本。
外を見ること。
戻る場所を持つこと。
父は長く息を吐いた。
「戻る場所を持って行きなさい」
エナの目が少し潤んだ。
「はい」
「癒やしすぎるな」
「はい」
「倒れるな」
「はい」
「短めでもだめだ」
エナは少し笑った。
「はい」
父はその笑顔を見て、ようやく少し笑った。
「行ってきなさい」
エナは深く頭を下げた。
翌朝、ガルドは道場で薬草の場所を引き継いだ。
崖のどこに足を置くか。
どの根は掴んではいけないか。
雨の日は行かないこと。
風が強い日は戻ること。
聞いていた若者たちは、途中から青い顔になっていた。
「これ、本当に採りに行ってたんですか」
ガルドは首をかしげる。
「慣れれば大丈夫だ」
ミルカが横から言う。
「その言葉は禁止」
ロアンも言う。
「まず戻る条件から」
エナも言う。
「落ちかけたら中止です」
ガルドは三人を見て、少し困った顔で笑った。
「旅に出る前から、戻されているな」
師範が言う。
「よく戻せ」
ガルドはうなずいた。
「ああ」
魔物拠点は、国の兵士たちによって討伐された。
記録には、そう残るだろう。
盾を並べたのは兵士たちだった。
槍を進めたのも兵士たちだった。
拠点を壊し、林道を取り戻したのも、国の討伐隊だった。
それは間違いではない。
その中には、凄腕として知られる剣士もいた。
彼は本当に強かった。
兵を守り、隊列を戻し、崩れかけた前線を支えた。
だが、その剣士が斬れなかった魔物を、ガルドは斬った。
本人は、ただ隙があったと言った。
右足が浮いていたから。
受けずに入れたから。
戻る前に次へ行けたから。
それだけだと。
ロアンたちは知った。
それだけ、ではなかった。
ガルドもまた、少しだけ知った。
自分の剣は、田舎道場の中だけで測れるものではない。
外を見なければ分からない。
だから彼は、薬草の崖と道場を一度離れることにした。
自分の腕を試すために。
そして、戻る場所を持ったまま進むために。
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