(一)信仰を焼くのではない
◆ 神殿を焼くべきか
魔王城、作戦室。
卓上に、中央神殿の立体図が浮かんでいた。
巨大な聖堂。
神託の間。
写本庫。
聖剣庫。
神殿騎士の詰所。
巡礼者の宿舎。
負傷者を受け入れる施療院。
魔術投影で映し出された白い神殿は、暗い作戦室の中で、まるで別の世界の建物のように見えた。
竜将が、その投影を見下ろして言う。
「焼き払えばよいのでは」
誰もすぐには答えなかった。
竜将は続ける。
「神託が勇者を導く。聖剣が勇者を強める。ならば、神殿ごと消す。それが最も早い」
死霊宰相が、静かに口を開いた。
「中央神殿には巡礼者、病人、孤児、写本係、下級神官、民間の避難者もおります。全焼させれば、人間側の諸国が一気に結束する可能性があります」
竜将が鼻を鳴らす。
「結束したところで焼けばよい」
現魔王が、そこで口を開いた。
「それでは歴代魔王と同じだ」
竜将が黙る。
魔王は、神殿の投影を見つめたまま言った。
「我らの目的は信仰を根絶することではない。勇者を成立させる機能を壊すことだ」
吸血侯が、細い指で投影の一点を示す。
「神託の間、写本庫、聖剣庫、勇者認定の祭壇。この四つですか」
「そうだ」
「大神官は」
「捕らえられるなら捕らえろ。殺す必要はない。ただし、儀式を続けられぬようにしろ」
竜将が問う。
「神官を生かすのですか」
「生きている神官は、神託が失われたことを人間側に伝える。死体よりも役に立つ」
吸血侯が微笑んだ。
「残酷ですね」
現魔王は表情を変えない。
「合理的と言え」
記録官が筆を構えた。
死霊宰相が羊皮紙を広げる。
「中央神殿強襲、作戦目的。第一、神託記録の焼却。第二、神託の間の結界破壊。第三、聖剣庫の封印解除、および聖剣の破壊または奪取。第四、勇者認定儀式に用いる祭具の破壊。第五、神殿上層部の連絡網分断」
現魔王は言った。
「施療院には手を出すな」
竜将が不満げに問う。
「そこに神官が逃げ込んだ場合は」
「武器を持つ者は制圧しろ。患者を盾にする者は捕らえろ。施療院そのものは壊すな」
吸血侯が言う。
「巡礼者は」
「逃がせ。逃げる者を追うな。ただし、神託記録や聖剣庫の物品を持ち出す者は止めろ」
死霊宰相がうなずく。
「人員殺傷ではなく、機能破壊」
「そうだ」
現魔王は中央神殿の投影を見る。
「神託を焼く。信仰を焼くのではない」
その言葉が、作戦室に落ちた。
竜将は黙っている。
吸血侯は薄く笑っている。
死霊宰相は、すでに破壊対象の優先順位を書き始めていた。
魔王は慈悲を命じているわけではなかった。
ただ、殺すことが常に最適ではないと知っていた。
※第4話「神託を焼く」は全五回です。
続きます。
作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。
※ネタバレ範囲にご注意ください。
https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/




