(四)兵を守る剣
◆ 兵を守る剣
岩腕が動いた。
低い唸り声とともに、丸太を振り上げる。
盾兵が身構える。
丸太が盾に当たり、重い音が林に響いた。
盾列が揺れる。
討伐隊長が叫ぶ。
「ライゼン!」
ライゼンが前へ出た。
彼の剣は、確かに速かった。
ただ速いだけではない。
重い。
低級魔獣の腕を受け流し、脚を狙い、盾兵が立て直す時間を作る。
突っ込んでくる小鬼を、半歩で止める。
槍兵が位置を戻すまで、岩腕の視線を引きつける。
ロアンは思わず言った。
「強い」
ミルカも頷く。
「強いね。周りを戻すために戦ってる」
ライゼンは単独で勝とうとしているのではなかった。
盾兵を戻す。
槍兵を戻す。
崩れかけた隊列を戻す。
そのために剣を振っている。
ガルドは、その戦いをじっと見ていた。
ライゼンは岩腕の丸太を剣で受け、横へ流す。
後ろにいる盾兵を守るためだ。
ガルドの眉が少し動く。
「なぜ、そこで踏み込まない」
ロアンが振り向く。
「え?」
ガルドは岩腕の足を見る。
「今、右足が浮いた。入れたはずだ」
ライゼンはまた丸太を受ける。
剣が重く鳴る。
「なぜ、かわさずに受ける」
ミルカが言った。
「後ろに盾兵がいるからじゃない?」
ガルドはそこで、わずかに目を細めた。
ライゼンは、自分のために受けているのではない。
後ろの兵を守るために受けている。
自分だけなら半歩ずらして入れる。
だが、隊列を守るなら受ける。
それは間違いではない。
むしろ正しい。
軍の剣だ。
ガルドは、初めてその違いを見た。
それでも、見える。
受けずに入れる場所が。
かわして斬れる角度が。
戻りを待たず、次へ進める瞬間が。
岩腕が地面を叩いた。
泥と枝が跳ねる。
盾兵の一人が足を取られた。
ライゼンがそれをかばう。
姿勢が少し崩れる。
岩腕が追撃に入る。
ライゼンは受けるしかない。
剣が重く軋んだ。
兵士たちが動揺する。
エナが小さく言った。
「まずいです」
ロアンが前へ出ようとした。
その前に、ガルドが動いた。
「俺が行く」
ロアンは止めなかった。
ミルカも止めなかった。
ガルドは地面を見て、一歩目を置く場所を決めた。
ぬかるみ。
根。
石。
沈む土。
崖の薬草と同じだ。
崩れる足場を前提に、崩れない角度で入る。
岩腕の丸太が振られる。
ガルドは受けなかった。
半歩ずれる。
すでに剣が、岩腕の太い腕の内側へ入っていた。
一撃。
岩腕の腕が落ちる。
魔物が体勢を崩す。
ガルドはもう戻っている。
次の一撃。
脚。
次の一撃。
首元。
岩腕が倒れた。
一瞬、周囲の音が止まった。
ライゼンが目を見開く。
ロアンも見ていた。
ミルカが小さく言う。
「やっぱり、おかしい」
ガルドは振り返った。
「隙があった」
ロアンは思わず聞く。
「ありました?」
「右足が浮いていた」
ライゼンが息を整えながら言う。
「見えていたのか」
ガルドは答える。
「見えていました」
ライゼンは少し笑った。
疲れた笑いだった。
「私は、そこに入れなかった」
ガルドは不思議そうに聞く。
「なぜですか」
ライゼンは後ろの兵士たちを見た。
「私の後ろには兵がいた」
ガルドは黙った。
自分とライゼンの剣は違う。
役割が違う。
ライゼンは兵を戻す剣を使う。
ガルドは、単独で間合いを壊せる。
どちらが正しいかではない。
ただ、違う。
そして今、岩腕を斬ったのはガルドだった。
※第24話「自分の腕を試したい」は全七回です。
続きます。
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