(一)国の兵
◆ 国の兵
田舎道場に来た知らせは、すぐに村の空気を変えた。
林の奥に、小さな魔物の拠点ができつつある。
小鬼が数匹。
低級魔獣。
湿った場所にはスライム。
倒木を組んだ粗末な柵と、見張り台。
放っておけば街道へ出る。
薬草を採る道にも近い。
村だけで無理をする必要はなかった。
今回は、国の兵が来ていた。
道場の前に集まった兵士たちは、ロアンがこれまで見てきた村の自警団とは違っていた。
自警団が弱いわけではない。
国境洞窟で槍を並べた自警団は、確かに頼もしかった。
けれど、国の兵士たちは、準備の仕方から違う。
盾の列を整える。
槍の長さを合わせる。
弓の弦を確かめる。
荷を軽いものと重いものに分ける。
水袋の場所を決める。
負傷者を下げる道を確認する。
見張りを立てる。
話す声は大きくない。
だが、全員が自分のすることを知っていた。
ロアンはその様子を見て、思わず言った。
「やっぱり、ちゃんとしてる」
ミルカも兵士たちを見ていた。
「ちゃんとしてる軍は、準備が長いね」
「悪い意味?」
「いい意味。何をするか決めてから動いてる」
エナは薬箱を抱え、少し安心したように言う。
「安心します」
ミルカはすぐにエナを見る。
「エナは後方」
「はい」
「癒やしは最後。まず普通の手当て」
「はい。短めに倒れないようにします」
「倒れないで」
「はい。長さの問題ではない、ですね」
「覚えてるならよし」
ロアンは小声で言った。
「エナさん、どんどんミルカ式になってる」
エナも小声で返す。
「倒れないためです」
「それは大事」
ガルドは、兵士たちの中にいる一人の剣士を見ていた。
銀色ではないが、よく手入れされた鎧。
派手ではないが、無駄のない剣。
周囲の兵士が、自然にその男の動ける場所を空けている。
男は三十を少し越えたくらいに見えた。
落ち着いた目をしている。
討伐隊長と短く言葉を交わし、兵の並びを確認していた。
ガルドが近くの兵士に聞いた。
「あの人は?」
兵士は少し誇らしげに答えた。
「ライゼン殿だ。この辺りの討伐で、あの人より前に出られる剣士はいない」
ガルドは素直に頷いた。
「強いのか」
「強い。ライゼン殿がいれば、前は崩れん」
ガルドはライゼンを見る。
「外にはいるんだな、強い剣士」
ロアンはその言葉を聞いて、ガルドの横顔を見た。
昨日、道場で見た動き。
崖で薬草を採る姿。
木剣が戻る速さ。
それを見た後でも、ガルドは自分を特別だと思っていない。
外にはもっと強い者がいる。
そう思っている顔だった。
師範がガルドに声をかけた。
「本当に行くのか」
ガルドはうなずく。
「自分の腕を試したい」
「相手は人ではなく魔物だ」
「それでも、外の戦いは見られる」
師範は少し黙った。
それから言う。
「なら、よく見てこい。斬るだけではなく、兵がどう動くかを見ろ」
ガルドは頷いた。
「分かった」
ロアンは自分の剣を確かめた。
鍛冶師にもらった旅の剣。
まだ自分の腕が追いついているとは言えない。
だが、今日のロアンの役目は、前に出て全部を斬ることではない。
横から来る小鬼を見る。
退路を見る。
負傷者が出たら知らせる。
それならできる。
ミルカが言った。
「ロアン」
「うん」
「突っ込まない」
「分かってる」
「分かってる顔が少し前に出てる」
「顔が前に?」
エナが真面目に頷いた。
「少し」
ロアンは一歩下がった。
「これで?」
ミルカが見る。
「今は」
「顔にも位置があるんだな」
「ロアンの顔はある」
ガルドが不思議そうに聞く。
「顔で前に出るのか」
ミルカが即答する。
「出ます」
ロアンは反論しかけて、やめた。
「最近は戻ります」
師範が短く笑った。
「なら、戻れ」
その言葉で、討伐隊は動き始めた。
※第24話「自分の腕を試したい」は全七回です。
続きます。
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