(五)崖の薬草
◆ 崖の薬草
稽古が一段落した頃、ガルドは背負っていた薬草籠を持ち上げた。
籠の中には、まだ土のついた薬草が入っている。
エナがそれに気づいた。
「その薬草、崖のものですね」
「そうだ」
ガルドは何でもないように言った。
「今朝採ってきた」
ロアンは汗を拭きながら聞く。
「崖?」
「村の裏にある崖だ。そこに薬草が生える」
ミルカが眉をひそめる。
「崖に?」
「崖に」
「危なくないんですか」
ガルドは少し考えた。
「慣れれば大丈夫だ」
ミルカはすぐに言った。
「慣れて大丈夫になる場所ではないと思います」
ガルドは首をかしげる。
「でも、落ちたことはない」
エナが小さく聞いた。
「落ちかけたことは?」
ガルドは少し考えた。
「それは、まあ、ある」
ロアンはうなずいた。
「ありますよね」
ミルカが見る。
「納得しないで」
「崖だし」
「崖だから危ない」
「それはそう」
ガルドは薬草籠を担ぎ直した。
「これから少し乾かしに行く。見るか?」
ロアンはミルカを見る。
ミルカは少し考えた。
「見た方がいいと思う」
エナは薬草籠を見て言った。
「私も行きます。その薬草、干し方を間違えると効きが落ちます」
ガルドは真面目に頷いた。
「それは困る」
ロアンたちは、ガルドについて村の裏手へ向かった。
道はすぐに細くなった。
畑を抜け、低い林を越え、岩の多い斜面へ出る。
そこから先は、道というより獣道だった。
ロアンは足元を見て、すぐに慎重になった。
「これ、薬草道より悪いかも」
ミルカが言う。
「道と言っていいか微妙」
エナが小さく言う。
「ここで薬草を採るんですね」
ガルドは普通に歩いていた。
「この先だ」
崖は、思ったより急だった。
岩の隙間に、細い葉の薬草が生えている。
人が立つ場所は狭い。
足を置く岩は斜めで、少し湿っている。
ロアンは思わず言った。
「危なくないんですか」
ガルドは答える。
「慣れれば」
ミルカが即座に言う。
「その返事、もう危ないです」
ガルドは片足を岩にかけた。
片手で上の根をつかみ、体を斜めに倒す。
普通なら、そこから崩れる。
だが、ガルドの体は崩れない。
崖に寄りかかるでもなく、力任せに耐えるでもなく、最初からそういう姿勢があるかのように安定している。
片手で薬草を摘み、籠に入れる。
すぐに姿勢が戻る。
その動きは、道場で見た剣と同じだった。
ロアンは息を飲んだ。
「今の、剣と同じだ」
ミルカもうなずく。
「崩れて戻すんじゃなくて、崩れる前提で動いてる」
ガルドは薬草を籠に入れながら言った。
「崩れたら落ちるからな」
ロアンとミルカは顔を見合わせた。
それは、当たり前のことを言っているようで、まったく当たり前ではなかった。
エナは崖から少し離れて、青い顔をしている。
「毎日、ここに?」
ガルドは頷く。
「必要な時は」
「毎日は危ないです」
「でも、村で使う」
エナは黙った。
その言葉は分かる。
薬草は必要だ。
けれど、危険でもある。
良いことでも、困ることはある。
ロアンはガルドの足元を見た。
どんな姿勢でも崩れない。
崩れそうな形から、すぐに戻る。
あの剣の速さは、道場だけで作られたものではない。
この崖で、毎日作られていた。
※第23話「田舎道場の神速」は全七回です。
続きます。
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