(四)前にいたらだめ
◆ 前にいたらだめ
次の稽古で、師範は間合いを少し変えた。
「ガルド、横を抜ける形を見せろ」
「分かった」
ガルドが木剣を構えた。
ロアンは少し離れて見る。
ミルカも横に立つ。
エナは、最初は二人の隣にいた。
しかし、ガルドが踏み込む前に、ふっと半歩下がった。
本当に、何かに引かれたような動きだった。
次の瞬間、ガルドがロアンの横をすり抜ける。
木剣が空を切り、風がエナの前髪を揺らした。
ロアンは驚いて振り返る。
「エナさん、大丈夫ですか」
エナは胸を押さえていた。
「大丈夫です。今、そこにいたらだめな気がして」
ガルドは慌てた。
「悪い。届かないと思った」
師範が目を細める。
「届かないと思って、それか」
ガルドは困る。
「いや、届いてないだろ」
ミルカが静かに言う。
「前髪が揺れました」
ガルドは真面目に答えた。
「それは届いてない」
ロアンが言う。
「判定が厳しい」
エナは前髪を押さえて、小さく笑った。
「当たってはいません」
ミルカは言った。
「当たってからでは遅い」
「それはそうだ」
ガルドは素直に頷いた。
師範はエナを見る。
「今の、見えていたのか」
エナは首を横に振る。
「見えてはいません。ただ、そこは今だめだなと」
ロアンは小声でミルカに言う。
「エナさんの、だめな気がするやつ」
ミルカも小声で返す。
「今回はかなり当たり」
「豆より?」
「比べる必要ある?」
エナが小声で言った。
「豆よりは当たります」
ロアンは思わず笑いそうになった。
ガルドは、まだ少し申し訳なさそうにしている。
「本当に悪かった」
エナは首を振る。
「避けたので、大丈夫です」
「避けるのが早かった」
「なんとなくです」
ガルドは首をかしげた。
「なんとなくで避けられるのか」
ロアンとミルカは顔を見合わせた。
エナのなんとなくも、やはり普通ではない。
ただ、この場で深く聞くことではなかった。
師範は手を叩いた。
「続けるぞ」
ロアンは木剣を構え直した。
ガルドも構える。
エナは今度、最初から少し離れた場所に立った。
「そこなら?」
ロアンが聞く。
エナは少し考える。
「たぶん大丈夫です」
ミルカが言う。
「豆以外のたぶん」
「はい」
ガルドは不思議そうに三人を見た。
「豆?」
ロアンは言った。
「あとで説明します」
ミルカが即座に言う。
「説明しなくていい」
※第23話「田舎道場の神速」は全七回です。
続きます。
作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。
※ネタバレ範囲にご注意ください。
https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/




