(三)これは普通だろ
◆ 普通の稽古
師範はロアンに木剣を持たせた。
「打ち込んでみろ」
ロアンは木剣を握った。
新しい剣ではない。
稽古用の木剣だ。
それなのに、妙に重く感じる。
ガルドは向かいに立つ。
構えは中段。
派手さはない。
隙もない。
「よろしくお願いします」
ロアンが言う。
ガルドは頷いた。
「よろしく」
師範が手を上げる。
「始め」
ロアンは踏み込んだ。
つもりだった。
次の瞬間、ガルドの木剣がロアンの肩の横で止まっていた。
当てられてはいない。
だが、当てようと思えば当たっていた。
ロアンは息を飲む。
「……今のは?」
ガルドは言った。
「今のは、受けるより下がった方がいい」
ロアンは肩の横の木剣を見る。
「下がる前に来ました」
「なら、来る前に下がる」
「それができたら苦労しないです」
ガルドは少し考えた。
「相手の足を見ればいい」
ロアンは頷く。
「足ですね」
もう一度。
今度はガルドの足を見る。
次の瞬間、また肩を取られた。
ロアンは固まる。
「足を見てたんですけど」
ガルドは真面目に言う。
「足だけ見ると、剣が見えない」
ロアンは少し笑ってしまった。
「難しいですね」
ガルドも真顔でうなずいた。
「難しいな」
ミルカが見ていた。
ガルドの説明は雑だ。
雑なのに、指摘は正確だった。
ロアンがどこを見て、どこで遅れたか分かっている。
ただ速いだけではない。
相手の重心、視線、逃げ道まで見ている。
ロアンはもう一度構える。
今度は少し後ろ足に意識を置いた。
ガルドが一歩踏み込む。
ロアンは下がろうとする。
少しだけ下がれた。
だが、木剣はまた肩の横にある。
ガルドは言った。
「今のはさっきよりいい」
「当てられてますけど」
「当ててない」
「当てられる位置にありますけど」
「止めたからな」
ロアンは肩を押さえた。
「判定が怖い」
エナが小さく言う。
「当たってないのに、当たった気がします」
ミルカは頷いた。
「分かる」
ガルドは困った顔をした。
「でも、当ててない」
師範が低く笑った。
「ガルド、その説明では分からん」
「そうか?」
「そうだ」
ロアンは息を整えた。
「もう一回お願いします」
ガルドは頷く。
何度も打ち合う。
打ち合う、と言っても、ロアンの木剣はほとんど届かない。
ガルドの木剣は、いつも先にそこにある。
肩。
手首。
喉元の手前。
膝の外。
当てない。
だが、いつでも当てられる。
ロアンは汗をかいた。
ガルドはほとんど息を乱していない。
ミルカはその動きを見て、ぽつりと言った。
「ガルドさんの剣、収束してる」
ロアンが肩を押さえながら聞く。
「剣も収束するの?」
「たぶん。力が散ってない。踏み込み、斬撃、戻しが一つの線になってる」
ガルドはよく分からない顔をする。
「力を入れすぎると遅くなるだろ」
ミルカは目を細めた。
「それ、できる人が言うやつです」
ガルドはますます分からない。
「そうなのか?」
ロアンは息を切らしながら言った。
「たぶん、そうです」
「力を入れたら速くならないだろ?」
「普通は、力を入れないと速く振れないんです」
ガルドは少し考えた。
「でも、力を入れたら戻れない」
師範が頷いた。
「そこだ」
ミルカも頷く。
「そこですね」
ロアンだけが肩で息をしていた。
「そこ、なんですね」
※第23話「田舎道場の神速」は全七回です。
続きます。
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