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勇者の条件  作者: KEI
第22話 疲れ切った二人から受け取った剣

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(七)旅の剣

◆ 旅の剣


鍛冶師は、布で包んだ剣をロアンに差し出した。


「持っていけ」


ロアンはすぐに受け取れなかった。


「重いです」


鍛冶師は笑う。


「剣だからな」


ロアンは首を振った。


「そういう意味じゃなくて」


鍛冶師は静かに言った。


「分かっている。だから持っていけ」


ロアンは剣を見た。


装飾は少ない。


柄は握りやすく、鞘は丈夫で、金具は無駄がない。


華やかさはない。


けれど、持ち上げた瞬間に分かる。


抜きやすい。


構えやすい。


重心が自然だ。


旅の中で使うことを考えられている。


ミルカが見る。


「派手じゃない」


鍛冶師はうなずく。


「派手な剣は飾るものだ。旅の剣は抜けて、振れて、戻せて、手入れできることが大事だ」


ミルカは真剣に聞いていた。


「手入れの仕方、聞いておいた方がいい」


ロアンは頷く。


「聞きます」


鍛冶師が笑う。


「良い返事だ。剣はもらって終わりじゃない。手入れしなけりゃ、すぐに機嫌を悪くする」


ロアンは剣を見る。


「剣にも機嫌があるんですか」


「ある」


「荷にも顔があって、剣にも機嫌がある」


ミルカが言う。


「ロアンより剣の機嫌を見た方が早い時がありそう」


「俺の機嫌、そんなに分かりにくい?」


エナが少し考える。


「お腹が空いている時は分かりやすいです」


「そこ?」


鍛冶師は声を出して笑った。


少し咳き込む。


妻がすぐに睨んだ。


「笑うのもほどほど」


「笑うなとは言われていない」


「言うよ」


鍛冶師は黙った。


ロアンは剣を握った。


不思議なほど、手に合った。


自分の手を測られた覚えはない。


それでも、合う。


鍛冶師は言った。


「お前さんは、全部を斬る剣士じゃない」


ロアンは顔を上げる。


「はい」


「道を開く時に抜く剣でいい」


その言葉は、炉の熱よりも深くロアンの胸に入った。


全部を斬る剣ではない。


道を開く時に抜く剣。


ロアンは、剣の柄を両手で握った。


「ありがとうございます」


エナは疲れた顔で微笑む。


「似合ってます」


ロアンは少し困った。


「本当に?」


ミルカが横から言う。


「剣は似合ってる」


「俺は?」


「剣に追いついて」


「剣が先に行った」


エナはくすりと笑った。


鍛冶師は静かに言った。


「礼を言うのは、こっちだ」


ロアンは剣を見た。


それでも、やはり重かった。


鉄の重さだけではない。


命を引き戻した一週間。


疲れ切ったエナ。


病み上がりの鍛冶師。


見守る父。


支える妻。


火を整えるミルカ。


水を運んだ自分。


それらが、剣の中に入っている気がした。


◆ 外を見る


剣を受け取ったあと、鍛冶場には少しだけ静けさが戻った。


鍛冶師は椅子で眠っている。


妻はその肩に布をかけた。


エナも、壁際の椅子で半分眠っていた。


ミルカはロアンの新しい剣の鞘を確認している。


「ここの留め具、しっかりしてる」


「それは良いこと?」


「とても。走って落ちたら困る」


「走る前提なんだ」


「ロアンだから」


ロアンは返事に困った。


エナの父は、そのやり取りを見ていた。


やがて、静かに口を開いた。


「エナ」


エナは眠そうに顔を上げる。


「はい」


父は少し迷った。


だが、言葉はもう逃げなかった。


「お前は、外を見た方がいいのかもしれない」


エナは目を瞬いた。


「外、ですか」


「この神殿に戻ってくるためにも、外を見た方がいい」


ロアンは驚いて口を開きかけた。


ミルカが、そっと肘で止める。


今はロアンが話す場面ではない。


父と娘の間にあるものだ。


エナは父を見た。


「私は、ここにいても」


「ここにいてほしい」


父は静かに言った。


「それは変わらない」


エナは少しだけ肩の力を抜いた。


父は続ける。


「だが、ここだけにいることが、お前を守ることなのか、分からなくなった」


「父さん」


「今すぐ答えなくていい。今は休みなさい。だが、考えなさい」


エナは長く黙った。


それから、小さく頷いた。


「はい」


ロアンは黙っていた。


ミルカも黙っていた。


鍛冶師の妻も、何も言わなかった。


ただ、炉の中に残った小さな火が、赤く揺れていた。


ロアンは新しい剣を見下ろした。


エナは外を見た方がいいのかもしれない。


自分たちがその外を知っているわけではない。


むしろ知らないことだらけだ。


でも、知らないなら、聞けばいい。


足りないなら、誰かに頼ればいい。


それを、昨日読んだばかりだった。


◆ 疲れ切った二人から


その剣は、天から降ってきたものではなかった。


中央神殿の聖堂に眠っていたものでもなかった。


古い台座に刺さっていたわけでもない。


病み上がりの鍛冶師が打った剣だった。


鍛冶師は疲れ切っていた。


エナも疲れ切っていた。


一人は病から戻ったばかりで、一人はその病を一週間かけて押し戻したばかりだった。


火を見た者がいた。


水を運んだ者がいた。


風を整えた者がいた。


薬を煎じた者がいた。


炉の横で眠りかけた者がいた。


誰か一人の奇跡ではなかった。


それでも剣は打たれた。


ロアンは、それを受け取った。


神の声はなかった。


光も降らなかった。


鐘も鳴らなかった。


ただ、鍛冶場に煤の匂いがあり、薬草の匂いがあり、炉の熱があり、疲れた人々の息があった。


後に人々は、その剣を聖剣と呼ぶ。


魔王の前まで届いた剣だからである。


けれどその日、その剣はまだ聖剣ではなかった。


疲れ切った二人から受け取った、一本の旅の剣だった。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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