(三)一週間
◆ 一週間
一日目の夜、鍛冶師の熱はまた上がった。
エナは神殿へ戻る道で、ずっと黙っていた。
「下がったのに」
ぽつりと言う。
「また上がりました」
父が言った。
「病は、傷のようには閉じない」
エナは唇を結んだ。
ロアンは何か言おうとして、言えなかった。
ミルカが代わりに言う。
「明日も行けるように、今日は寝る」
エナは少しだけ頷いた。
二日目。
鍛冶師は水を飲めた。
ほんの少しだった。
それでも、妻は泣きそうな顔で笑った。
エナも笑った。
そのあと、神殿の椅子に座ったまま眠ってしまった。
ミルカは黙って毛布をかけた。
ロアンが小声で言う。
「短めに寝てます?」
ミルカは低い声で返す。
「寝かせる」
「はい」
三日目。
鍛冶師の呼吸が、少し安定した。
ロアンは薪を割った。
水を汲んだ。
鍛冶師の妻が薬湯を作るのを手伝った。
ミルカは薬草の量と、エナが癒やしを使った時間を記録した。
エナは不満そうにその記録を見た。
「私、管理されています?」
ミルカは即答した。
「されています」
「隠さないんですね」
「隠すとロアンが見習う」
ロアンは薪を抱えたまま振り向く。
「俺?」
「隠しそう」
「何を」
「無理」
ロアンは反論しようとして、少し考えた。
「……少し」
エナが言った。
「少しは危ないです」
ミルカが頷く。
「ほら」
ロアンは黙って薪を運んだ。
四日目。
鍛冶師が目を覚ました。
最初に言ったのは、「炉は……」だった。
妻が怒った。
「炉より自分の心配をしなさい」
鍛冶師は薄く目を開けた。
「鍬が……」
「鍬より自分」
「槍の穂先が……」
「槍より自分」
ロアンは小声でミルカに言った。
「すごい。全部自分に戻されてる」
ミルカも小声で返す。
「戻る条件が強い」
エナは泣きそうな顔で笑っていた。
「起きた」
その一言には、疲れと安堵が混ざっていた。
五日目。
鍛冶師は短く話せるようになった。
エナはかなり疲れていた。
癒やしの途中で、手が震える。
ミルカは時間を見て言う。
「今日はそこまで」
エナは鍛冶師を見る。
「でも」
「でもは禁止」
「少しだけ」
「その少しだけを言ったら休憩」
エナは困った顔をする。
「言わなければ?」
「顔で言ってる」
ロアンがそっと言った。
「顔が早いの、俺だけじゃなかった」
エナは小さく笑った。
「顔って、便利じゃないですね」
「便利な時もあるけど、隠し事には向かない」
ミルカが言う。
「二人とも分かったなら休む」
二人は同時に返事をした。
「はい」
「はい」
六日目。
鍛冶師が上体を起こせるようになった。
村人たちの顔にも、少しずつ明るさが戻っていた。
鍛冶場の外に置かれていた壊れた農具の持ち主たちも、焦らず待つようになった。
「命が先だ」
誰かがそう言った。
その日、緊張が切れたのか、エナがふらついた。
ロアンが慌てて支える。
「今度はエナさんが患者ですね」
エナは小さく笑う。
「短めに倒れます」
ミルカが即座に言った。
「倒れる長さの問題じゃない」
鍛冶師の妻まで言った。
「倒れる前に座りなさい」
エナは観念して椅子に座った。
「今日は、味方が多いです」
ミルカが言う。
「最初から多い」
「気づきませんでした」
「そこが危ない」
七日目。
鍛冶師は立った。
長くは立てない。
仕事もできない。
けれど、命の危機は越えた。
鍛冶師の妻は、彼の背中を何度も叩いた。
「倒れたら、次は炉じゃなくて寝台に鎖でつなぐからね」
鍛冶師は苦笑した。
「鎖は自分で打てる」
「打たせない」
エナは椅子に座って、そのやり取りを見ていた。
疲れ切っている。
顔色は白い。
それでも、どこか晴れやかな顔をしていた。
ロアンは鍛冶師を見た。
エナを見た。
妻を見た。
ミルカの記録帳を見た。
薬湯の鍋。
薪。
水桶。
薬草。
濡れた布。
誰か一人の力ではなかった。
少しずつ、いろんなものが鍛冶師をこちら側へ引き戻した。
小さな精霊たちの話は、絵本の中だけの話ではなかった。
※第22話「疲れ切った二人から受け取った剣」は全七回です。
続きます。
作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。
※ネタバレ範囲にご注意ください。
https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/




