(二)少しだけでは足りない
◆ 少しだけでは足りない
エナは鍛冶師の手に、自分の手を重ねた。
最初は何も起きていないように見えた。
しかし、少しずつ鍛冶師の荒い呼吸が落ち着いていく。
額の汗はまだ引かない。
熱も完全には下がらない。
それでも、苦しげに歪んでいた顔が、ほんの少し緩んだ。
ロアンは息を止めていたことに気づいた。
ミルカはエナの横顔を見ていた。
エナの額にも汗が浮かんでいる。
癒やしは、光って終わる便利な奇跡ではなかった。
使えば、エナが削れていく。
父が静かに言った。
「エナ、そこまででいい」
エナは首を振る。
「まだ、苦しそうです」
「まだ苦しい。だが、お前が倒れれば続かない」
「少しだけ」
ミルカがすぐに言った。
「その少しだけを、あと何回言うつもり?」
エナは言葉に詰まった。
ロアンは鍛冶師を見た。
まだ苦しそうだ。
そのまま放っておきたくない気持ちは分かる。
けれど、エナがここで倒れたら、明日はない。
ロアンは言った。
「今日はここまでにしましょう。明日も来るなら、今日倒れない方がいい」
エナは鍛冶師を見る。
鍛冶師の妻も、祈るような目でエナを見ていた。
エナは、ゆっくり手を下ろした。
「明日も、来ます」
父はうなずいた。
「明日も来る。そのために、今日は休む」
エナは小さく頷いた。
ミルカは薬箱を覗き込む。
「熱冷ましの薬草は?」
エナの父が答える。
「少し足りない」
ロアンは顔を上げた。
「どこにありますか」
「神殿の裏の棚にもある。あとは、この村の薬草畑だ」
「取ってきます」
ミルカがすぐに言う。
「一人で行かない」
「まだ何も」
「今、行く顔をした」
「顔が早いってよく言われる」
「自覚があるなら直して」
エナが少し笑った。
「二人で行ってください。薬草畑は、道がぬかるんでいます」
ロアンは頷く。
「分かりました」
「あと、青い葉と白い葉を間違えないでください」
「どっちが必要ですか」
「青い方です。白い方はお腹に来ます」
ロアンは真剣に聞いた。
「腹痛用?」
「腹痛を起こす方です」
ミルカがロアンの袖をつかむ。
「私が見ます」
「今のは俺も危ないと思った」
「思ったならよし」
二人は薬草を取りに向かった。
その日から、看病が始まった。
一度で治る奇跡ではなかった。
毎日少しずつ。
熱を下げる。
呼吸を整える。
痛みを和らげる。
水を飲ませる。
眠れるようにする。
体力が戻るまで待つ。
それは、派手な癒やしではなかった。
けれど、鍛冶師の命を少しずつこちら側へ引き戻す仕事だった。
※第22話「疲れ切った二人から受け取った剣」は全七回です。
続きます。
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