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勇者の条件  作者: KEI
第22話 疲れ切った二人から受け取った剣

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(一)鍛冶師が倒れた

◆ 鍛冶師が倒れた


知らせを持ってきた少年は、石段の下で何度も息を吸っていた。


雨上がりの坂道を駆けてきたせいで、膝には泥がついている。


「鍛冶師のおじさんが、倒れたって」


その言葉で、神殿の空気が変わった。


エナの父は、短く言った。


「行く」


エナはすでに薬箱へ手を伸ばしていた。


父は一瞬だけ、娘を見た。


前の日、老人の腕を癒やした時の光。


夜の会話。


古い絵本。


足りないもの。


頼ること。


迷い。


それらが、彼の目の奥で重なったように見えた。


「エナ」


「はい」


エナは少し身構えた。


父は静かに言う。


「来なさい」


エナは驚いた顔をした。


「いいんですか」


「薬箱を持って」


「はい」


ロアンはすぐに荷を下ろした。


「俺たちも手伝います」


ミルカも頷く。


「荷物運びでも、水汲みでも、できることがあれば」


エナの父は二人を見た。


危なっかしい。


けれど、何かをつなごうとする若者たちだった。


「頼む」


エナは薬箱を抱えた。


ロアンは先に石段を下りようとして、ぬれた石に足を置きかける。


ミルカが言った。


「足元」


エナも言った。


「石段、まだ滑ります」


ロアンは足を止めた。


「足元の真理、今日も有効」


「毎日有効です」


エナが真面目に返す。


ミルカは小さく息を吐いた。


「話してる間に急ぐ」


「はい」


四人は村へ向かった。


村の中は、いつもよりざわついていた。


鍛冶場の前には、すでに何人も村人が集まっている。


戸口には鍬を持った農夫。


包丁を布に包んだ女。


馬具の金具を持った荷運び。


自警団の槍先を抱えた若者。


皆、心配そうな顔をしていた。


ロアンはそれを見て、足を止めそうになった。


「鍛冶師さんって、そんなに……」


ミルカが低く言う。


「村の生活の要なんだと思う」


鍛冶場の扉は開いていた。


中には、まだ熱と鉄と煤の匂いが残っている。


だが、炉の火は落とされていた。


途中まで直された鍬。


研ぎかけの包丁。


曲がった釘。


馬具の金具。


折れた槍先。


柄を外された鎌。


どれも、作業の途中で止まっている。


その奥の小部屋に、鍛冶師は寝かされていた。


大きな体の男だった。


腕も肩も太い。


けれど今は、額に汗を浮かべ、息を荒くしている。


鍛冶師の妻が布を絞っていた。


目の下に濃い影がある。


「休めと言ったんです」


妻は神官を見るなり、そう言った。


怒っているようで、泣きそうでもあった。


「何日も前から熱があったのに、農具の修理が残ってるって。槍の穂先を見ないと自警団が困るって。鍋の取っ手くらいすぐだって」


エナの父は鍛冶師の額に手を置く。


「熱が高い」


エナは薬箱を開けた。


ロアンは鍛冶場を見渡す。


剣だけではない。


鍛冶師の仕事は、剣一本の話ではなかった。


鍬。


鎌。


包丁。


釘。


馬具。


鍋。


扉の蝶番。


自警団の槍。


村のあちこちが、この場所につながっている。


ロアンは思わず言った。


「剣を打つ人、ってだけじゃないんですね」


鍛冶師の妻は、疲れた顔で少し笑った。


「剣なんて、年に何本も打たないよ。毎日あるのは鍬と包丁と釘さ」


ミルカが小さく言う。


「生活の要なんだ」


エナは鍛冶師のそばに座った。


その顔は、いつものおっとりしたものではなかった。


怖がっている。


けれど、逃げてはいない。


「診ます」


父がうなずいた。


「まずは熱を下げる。呼吸を楽にする。無理はしない」


エナは鍛冶師の手を取った。


ロアンは、それを黙って見ていた。


小さな精霊たちの話を思い出す。


火。


水。


風。


土。


足りないところを補う。


この鍛冶場にも、それが必要だった。



※第22話「疲れ切った二人から受け取った剣」は全七回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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