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歴史テスト前夜に寝落ちしたら、ポンコツ偉人たちのコンサルタントになっていました 〜JK歴女が偉人たちに歴史的決断をさせるまで〜  作者: 牧野ハル


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第6話:清洲城の米蔵フィールドワーク

大広間に満ちていた重苦しい沈黙を破り、信長はゆっくりと顔を上げた。


その目はまだ赤く潤んでいたが、先ほどまでの激しい取り乱し方は影を潜め、どこか呆然とした表情で私を見つめていた。


「米蔵……じゃと? なぜこの期に及んで、わしがそのような場所へ行かねばならぬのだ。今は一刻も早く今川を迎え撃つか、それとも家臣どもの言う通り籠城の支度をせねばならぬ時ぞ」


信長の声には、まだ戸惑いと不信感が色濃く残っている。


私はジャージのポケットに手を突っ込み、まっすぐに彼を見据えた。


「信長さん、さっきも言ったでしょ。籠城っていうのはね、ただ城の門を閉めて、みんなで気合いを入れてこもることじゃないの。何日分の米があるのか、水はどれだけ持つのか、立てこもる人間の数に対して、どれだけの期間持ちこたえられるのか。そういう具体的な数字を知らずに籠城を選ぶのは、目を閉じて崖に向かって歩くのと同じよ。まずは敵を知る前に、自分たちの足元を知らなきゃ」


私の言葉に、信長はぐっと言葉を詰まらせた。


未来のコンサルタントを自称する私の目は、確かな確信を持って彼を捉えている。


彼はしばらく畳を見つめていたが、やがて小さくため息をつくと、のそりと立ち上がった。


「……ついてまいれ」


信長を先頭に、私たちは大広間を後にした。


清洲城の長い廊下を渡っていく。


私の足元は白い靴下のままだが、板張りの廊下は夜の冷気を含んでひんやりと冷たく、足裏から緊張感が伝わってくるようだった。


城内を歩いていると、曲がり角の向こうから、低い話し声が聞こえてきた。


篝火の影に隠れるようにして、夜番の若い武士たちが数人、深刻な顔でひそひそと囁き合っている。


「おい、聞いたか。今川の先鋒はすでに三河を抜け、尾張の境に迫っておるそうだ」


「やはり二万を超える大軍というのはまことなのだな。我が織田家には、それを押し返すほどの兵はおらぬ。おまけに、殿は先ほどの軍議でも一言も発せられなかったとか……」


「やはり、あの若殿ではこの難局は乗り越えられぬのか。我らは見捨てられるのではないか」


兵たちの言葉は、容赦なく信長の耳へと突き刺さった。


私の前を歩く信長の背中が、目に見えてびくりと強張る。


彼は拳を固く握り締め、足早にその場を通り過ぎようとした。


家臣だけでなく、城を守る一兵卒にいたるまで、総大将である彼への不信感と、今川への恐怖が蔓延している。


その現実が、彼の心をさらに追い詰めていくのが分かった。


私たちは城の裏手にある、漆喰を塗り込めた、厚い土壁の蔵の前へとたどり着いた。


ここが清洲城の命綱である米蔵だ。


蔵の前には、数人の番兵と、米の出納を預かる年配の蔵役人が控えていた。


彼らは総大将である信長が突然姿を現したことに驚き、慌ててその場に平伏した。


「こ、これは殿! このような夜更けに、いかなる御用でございましょうか」


信長は喉の奥を鳴らし、かろうじて威厳を保った声を出した。


「蔵を開けよ。今、この城にある兵糧のすべてを確かめに来た」


「は、ははっ! ただいま!」


役人が慌てて大きな鍵を取り出し、重厚な蔵の扉を開け放つ。


中に入ると、ひんやりとした空気と共に、独特の籾殻と藁の匂いが鼻を突いた。


天井まで届きそうなほど高く積み上げられた米俵が、薄暗い松明の光に照らされて、ずらりと並んでいる。


一見すると、気が遠くなるほどの大量の米があるように見えた。


信長はその光景を見て、少しだけ安堵したように息を漏らした。


「どうじゃ、コンサルタント。これだけの米があれば、そう簡単には尽きまい。籠城して戦うことも、不可能ではないはずじゃ」


しかし、私は冷徹に首を振った。


「見た目に騙されちゃダメよ、信長さん。ここからが本番。さあ、フィールドワークの時間よ。数字を計算してみましょう」


私はジャージの懐から、いつものまとめノートとシャープペンシルを取り出した。


「信長さん、戦国時代の武士や領民が、一日に食べる米の量ってどれくらいか知ってる?」


「兵なら一日一升近く食うこともある。だが、籠城となれば、少なく見ても一人五合は見ねばなるまい」


信長は、少し怪訝そうにしながらも答えた。


「そう。じゃあ、次の質問。もし今川の軍勢に囲まれて清洲城に籠城することになったら、この城にはどれだけの人間が入ることになる? 家臣や兵士だけじゃないわよね。周囲の領民たちも城内に避難させることになるでしょ?」


信長は目を瞬かせ、頭の中で数字を組み立て始めた。


彼の中に眠る、本来の優れた計算能力が少しずつ刺激されていく。


「清洲の城兵が約二千。それに、近隣の領民や家臣の家族を合わせれば……およそ一万人を超えるやもしれぬ。下手をすれば一万五千人近くがこの城にひしめき合うことになる」


「そうよね。じゃあ、蔵役人さん、今この蔵にある米は全部で何石ありますか?」


私の問いかけに、平伏していた役人が震える声で帳面をめくった。


「は、はい! 現在、清洲の諸蔵を合わせまして、蓄えはおよそ三千石にございます!」


「三千石……」


信長がその数字を口の中で繰り返した。


「さあ、信長さん。最後の計算よ。仮に一万五千人が城内に入って一人五合ずつ食べたとして、一日で七十五石が消費される。三千石あっても、四十日しか持たないわ」


「四十日……」


「ええ。しかも、これは米だけの話。水、薪、味噌、塩、馬の飼料、病人の手当て、すべてを考えたら、長期籠城なんてとても現実的じゃないわ。今川義元は二万を超える大軍。彼らが清洲城を完全に包囲して、兵糧攻めを始めたらどうなる? 四十日なんて、大軍にとってはほんの小休止に過ぎない。美濃からの援軍も期待できない、周囲の補給路もすべて断たれる。柴田さんが言った『敵の兵糧が尽きるまで耐える』なんて、少なくとも今の備えでは不可能なの」


「四十日……そんな、馬鹿な……。これほどの米があるというのに、一ヶ月余りしか持たぬというのか……」


信長はよろめくようにして、目の前の米俵に手を突いた。


彼の拳が、わなわなと震えている。


林秀貞が主張した和睦も、柴田勝家が主張した籠城も、すべては現実の数字の前にはただの幻想に過ぎなかった。


清洲城に立てこもった瞬間、織田家の滅亡という未来へのカウントダウンが始まるのだ。


「籠城しても、いずれ干上がるだけではないか……! わしらは、どこへ逃げても詰んでおるではないか……!」


絶望のどん底に突き落とされ、今にも膝をつきそうな推しの姿を見つめながら、私は心の中で静かに語りかけた。


これで、現実のデータは揃った。


籠城という退路は完全に断たれたわ。


さあ、信長さん。


この最悪の数字を見て、あなたならどうする?


暗い米蔵の中で、松明の炎がパチパチと音を立てて爆ぜ、信長の青ざめた顔を妖しく照らし出していた。


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