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歴史テスト前夜に寝落ちしたら、ポンコツ偉人たちのコンサルタントになっていました 〜JK歴女が偉人たちに歴史的決断をさせるまで〜  作者: 牧野ハル


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第2話:私の推しが、切腹しかけている件について

縄でがっちりと両手を後ろ手に縛られ、私は引きずられるようにして清洲城へと連行されていた。


学校指定のえんじ色のジャージは、未舗装の泥道を歩かされたせいで、洗っても落ちなそうなほどに汚れている。


背負わされた大きめのリュックサックは、私を捕らえた足軽の一人が「妙な南蛮の荷物じゃ」と不気味がりながら、乱暴に抱え込んでいた。


歴史まとめノートだけは、死守するために必死で抵抗した結果、なんとかジャージの懐に滑り込ませることに成功していた。


「痛い、苦しい、最悪……! なんで私がスパイ扱いされなきゃいけないのよ!」


文句を言いたかったが、猿ぐつわ代わりに汚い布を口に突っ込まれているため、「むぐむぐ」という情けない声しか出ない。


活発な性格が災いして、連行中も何度か抵抗しようとしたのだが、本物の戦国武士の力には到底敵わなかった。


城内に足を踏み入れると、そこは異様な熱気と、それ以上に重苦しい絶望感に包まれていた。


磨き上げられた廊下を行き交う武士たちの顔は一様に青ざめ、誰もが早足で、あるいは額に汗を浮かべてひそひそと囁き合っている。


緊迫した空気のなか、彼らの会話が嫌でも耳に飛び込んできた。


「聞いたか……今川の軍勢、その数、四万とも言われておるぞ」


「四万!? 我らが尾張中からかき集めても二千かそこらぞ。勝てるわけがなかろう……」


「おしまいだ。織田家は、尾張は今川に踏みつぶされる……」


歩きながら、私は心の中で冷静にツッコミを入れていた。


あ、やっぱり四万って噂になってるんだ。


実際は二万五千人前後と見る説が多いはずだけど、当時の情報網じゃそれくらい大げさに伝わっちゃうよね。


兵力差が十倍以上なのは事実だし、みんながパニックになるのも無理はないか……。


歴史オタクとしての冷静な分析が一瞬頭をよぎったが、すぐに自分の置かれた状況を思い出して冷や汗が出た。


人の心配をしている場合ではない。


このままだと、私は今川の密偵として首をはねられてしまう。


何としても誤解を解かなければ。


「曲者を連れてまいりました!」


足軽の荒々しい声とともに、私は重厚な障子戸の前に突き出された。


「……入れい」


奥から聞こえてきたのは、低く、しかしどこかひっくり返りそうな、ひどく頼りない声だった。


障子戸が左右に開かれ、私は畳の部屋へと乱暴に押し込まれる。


床に膝を打ち付け、痛みに顔をしかめながらも、私は必死に視線を上げた。


ついに、ついに本物の織田信長様に会える。


不謹慎ながら、胸の奥でオタクの血が騒ぐ。


歴史の教科書、肖像画、あるいは数々のゲームやアニメで描かれてきた、あの冷酷無比で唯我独尊、圧倒的なカリスマ性を持つ若き日の覇王。


うつけのフリをしながらも、その瞳には鋭い知性と野心が光っているはず――。


しかし、私の目の前に広がっていたのは、想像を絶する光景だった。


「いやだ、いやだいやだいやだ! もうおしまいじゃ! 織田家は終わりじゃ!」


部屋の奥、一段高くなった場所に座っていたのは、確かに派手なうつけ者めいた衣装を身にまとった若い男だった。


すらりとした体躯に、整った顔立ちは確かに知的な印象を与える……かもしれないが、今のその顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃに歪んでいた。


彼は、ギラギラと鈍い光を放つ短刀を両手で握りしめ、自分の腹に突き立てようと、ガタガタと全身を激しく震わせていたのだ。


「殿! お静まりくだされ! 殿ーッ!」


傍らで、一人の体格の良い初老の武将が必死になって男の腕を掴み、短刀を取り上げようともみ合っている。


「放せ、権六! 離さぬか! 今川の四万が攻めてくるのじゃぞ! 捕まったら、わしはどんな惨い目に遭わされるか分かったものではない! 生きたまま皮を剥がれるやもしれん! そんな目に遭うくらいなら、今ここで腹を切って死んでやるわーーッ!」


「殿、まだ戦う前でございます! 落ち着き召されよ!」


……え?


私は口を半開きにしたまま、完全にフリーズした。


権六って呼ばれてるってことは、止めてる側はあの有名な柴田勝家よね?


じゃあ、あの泣き叫んでるポンコツが……織田信長?


私の脳内で、これまで培ってきた完璧な「織田信長」のイメージが、音を立てて粉々に砕け散っていく。


冷酷無比?


唯我独尊?


カリスマ?


どこをどう見ても、ただの極度のビビリで心配性、パニック障害寸前の男の子じゃないか。


「いやじゃ! 降伏してもどうせ殺される! 籠城しても飢え死にするだけじゃ! 頼むから死なせてくれ! おっ母の言う通り、わしのようなうつけが家督を継ぐべきではなかったのじゃぁぁ!」


信長は子供のように大声を上げて泣きじゃくり、短刀を振り回している。


柴田勝家は、主君のあまりの乱心ぶりに、もはや怒りを通り越して深い絶望の表情を浮かべていた。


いや、違う。


これは歴史の裏に隠されたリアルなんかじゃない。


私の知っている史実から、何かが大きくズレている。


私の知っている史実では、信長はこの状況で腹なんて切らない。


清洲城で『敦盛』を舞い、わずかな兵を率いて出陣する。


それが、私のノートに書いた桶狭間の織田信長だ。


なのに、目の前のこの人は、完全に歴史から脱線している。


もしここで信長が本当に切腹してしまったら、歴史は完全にねじ曲がる。


今川義元が天下を取り、明治維新どころか、私の生きている現代の日本そのものが消滅してしまうかもしれない。


何より、私の明日の歴史テストの回答が全部バツになってしまう。


そんなの絶対にダメ。


私の推しは、世界で一番かっこいい織田信長にならなきゃいけないんだから。


「むぐーッ!! むぐむぐーーッ!!」


私は縛られたまま、激しく体を芋虫のように揺らし、床をドンドンと叩いた。


口の中の布を吐き出そうと、必死に顎を動かす。


その異常な動きと声に、ようやく泣き叫んでいた信長と、必死に止めていた勝家の視線がこちらを向いた。


「……なんじゃ、その妙な着物の小娘は。今川の乱破か?」


信長が涙目で鼻水をすすりながら、短刀を握ったまま私を指差す。


勝家がハッと我に返り、苦渋の表情で言った。


「はっ。街道にて怪しい動きをしていたところを、足軽どもが捕らえたとのこと。今川が放った忍び、密偵の可能性が高うございます」


「ひぃっ! やっぱり今川の忍びか! わしの首を狙いに来たのじゃな! 殺される、殺される前にわしは……!」


またしても切腹モードに入ろうとする信長に、私は限界を迎えた。


渾身の力を込め、首を激しく振って、口の中の泥臭い布を「ぺっ!」と床に吐き出す。


自由になった口で、私は声を大にして叫んだ。


「違うわよ、このポンコツーーッ!!」


静まり返る部屋に、私の女子高生らしい甲高い声が響き渡った。


信長も勝家も、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まっている。


その直後だった。


「無礼者! 殿に向かって何たる口の利き方か!」


勝家の怒号が部屋を震わせた。


その瞬間、私はようやく理解した。


ここは現代の教室ではない。


言葉ひとつで首が飛ぶ時代なのだ。


戦国時代の常識では、捕らえられた密偵が主君に向かって暴言を吐くなどあり得ないからだ。


「な、なんと言った、いま……? ぽんこつ……?」


信長が呆然と呟く。


私はこみ上げる恐怖を必死に押し殺し、ふんっと鼻を鳴らした。


縛られたままの状態で、知的な印象を崩さないよう凛とした態度で言い放った。


「私はスパイなんかじゃないわ! 今川の味方でもない! 私は……そう、あなたの未来を救いに来た、特別なコンサルタントよ!」


「こんさる……たんと……?」


「そうよ! だからそこの最推し……じゃなくて信長さん! さっさとその危ないおもちゃを片付けなさい! 四万だか何だか知らないけど、そんなことでいちいち死んでたら、この先天下なんて取れるわけないでしょ!」


私の言葉に、信長はビクッと肩を震わせ、手にした短刀をぽろりと畳の上に落とした。


こうして、歴史上最も偉大な英雄と、未来から来た歴女高校生の、最悪で奇妙な出会いが幕を開けたのだった。


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