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歴史テスト前夜に寝落ちしたら、ポンコツ偉人たちのコンサルタントになっていました 〜JK歴女が偉人たちに歴史的決断をさせるまで〜  作者: 牧野ハル


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第1話:ノートを閉じたら、そこは尾張でした。

私の名前は、文月ふみづき 史花ふみか


時計の針が午前二時を回る頃、私は手元のシャープペンシルを机に置き、ふう、と大きく息を吐き出した。


「よし、完璧。これで明日の歴史テストは満点間違いなし!」


机の上に広げているのは、ただの勉強用ノートではない。


私特製の、愛と情熱が限界まで詰め込まれた歴史まとめノートだ。


私は普段、学校では知的で活発な女子高生として通っていると自負している。


身だしなみにも気を使っているし、クラスメイトとのコミュニケーションだって円滑にこなしている。


けれど、私には絶対に譲れない裏の顔があった。


筋金入りの歴史オタク。


それも、戦国時代をこよなく愛する「推し活」女子なのである。


明日のテスト範囲は戦国時代。


となれば、私の最推しである「織田信長公」の活躍は絶対に外せない。


私はまとめノートに丁寧に書き込んだ『桶狭間の戦い・諸説あり進軍ルート考察図』をうっとりと眺めた。


この時の信長様の決断は、歴史上類を見ないほど鮮烈だ。


駿河・遠江・三河に勢力を伸ばした今川義元が、二万を超える大軍を率いて尾張へ侵攻してきた絶体絶命の危機。


対する織田家の兵力はわずか二千から三千ほど。


重臣たちが籠城か迎撃かで揺れる中、若き当主である信長様だけは異様なほど静かだった。


彼は軍議の場でも作戦を明かさず、家臣たちを困惑させたまま、出陣の直前に『敦盛』を舞う。


そして、今川軍の陣形の隙と、奇跡的な豪雨という天候さえ味方につけ、ただ一点、今川義元の本陣へと迫った。


圧倒的な兵力差を覆す神がかった決断。


後に第六天魔王と呼ばれる男の、常識では測れない胆力。


何度教科書や歴史書を読み返しても、その鮮烈すぎる生き方に痺れてしまう。


「ああ……信長様、本当にかっこいいなあ……」


気合いを入れるためにシュシュでポニーテールに結んでいた髪をほどきながら、私は小さくあくびをした。


もしもタイムマシンがあるなら、一度でいいからそのお姿を拝見してみたい。


そして、あの桶狭間への出陣の舞『敦盛』を特等席で見てみたい。


そんな叶わぬ妄想を膨らませながら、私はもう一度だけノートの文字を追った。


しかし、放課後の部活動の疲れと、深夜まで起きていた反動が一気に押し寄せてくる。


重くなる頭を支えきれず、視界がゆっくりとぼやけていった。


私は、翌日の歴史テストに向けて大好きな織田信長のまとめノートを作っている最中に寝落ちしてしまったのである。




チュン、チュン、という甲高い鳥のさえずり。


そして、頬を撫でるやけに冷たい風と、土と青臭い草のリアルな匂いが鼻を突いた。


「んん……あと五分……」


寝ぼけ眼で寝返りを打とうとした瞬間、背中にゴツゴツとした硬い感触が伝わってきた。


いつもの柔らかいベッドマットレスの感触ではない。


まるで小石の転がる地面に直接寝転がっているような痛さだ。


重い瞼を開ける。


視界に飛び込んできたのは見慣れた自室の白い天井ではなく、鬱蒼と茂る木々の枝葉と、その隙間から覗く眩しすぎるほどの青空だった。


「……え?」


ガバッと体を起こす。


そこは完全に、見渡す限りの森の中だった。


私はパジャマ代わりに着ていたえんじ色の学校指定ジャージ姿のまま、大量の落ち葉の上に座り込んでいる。


右手には、昨日徹夜で作っていた信長まとめノートとシャープペンシルがしっかりと握られたままだった。


傍らには、いつも史跡巡りに使っている大きめのリュックサックまで転がっている。


「うそ、夢、だよね?」


自分の頬を思い切りつねってみる。


痛い。


普通に涙が出るくらい痛い。


夢じゃない。


慌てて立ち上がり、周囲を見渡した。


遠くから、ヒヒーンという馬のいななきと、カン、カンと金属がぶつかり合うような物々しい音が風に乗って聞こえてくる。


スマホを探そうとジャージのポケットを探ったが、空っぽだった。


冷や汗が背中を伝う。


とにかく人がいる場所へ出なければ。


私はリュックを背負い、音のする方へ向かって土を踏みしめて歩き出した。


しばらく木立を抜けると、開けた未舗装の土の街道に出た。


私は咄嗟に太い木の陰に身を隠し、そっと様子を伺う。


そこを行き交っていたのは、時代劇のロケかと思うような光景だった。


薄汚れた鎧兜を身につけ、長い槍を持った武士たち。


粗末な麻の着物を纏い、大きな荷物を背負って歩く農民たち。


彼らが掲げている旗印には、私が見間違えるはずもない家紋が黒々と染め抜かれている。


「五つ木瓜の紋……間違いない、織田家の家紋だ」


心臓が早鐘のように鳴り始めた。


エキストラにしてはあまりにも汚れ方や疲労感がリアルすぎる。


私は通りすがりで薪を背負って歩いていた農民の老人に、たまらず声をかけた。


「あ、あの、すみません! ここはどこですか? 今って西暦何年ですか?」


老人は私のえんじ色のジャージ姿を奇異な目でじろじろと見回し、ひどく怪訝そうな顔をした。


「西暦? なんじゃそりゃ。あんた、見ない顔だが唐物でも南蛮物でもなさそうな、妙な衣じゃな。ここは尾張の国じゃ。年は……たしか永禄三年じゃ。村の寺でそう聞いたわ」


「……永禄、三年?」


老人が去った後も、私はその場に立ち尽くしていた。


尾張国。


永禄三年。


その言葉を聞いた瞬間、私の歴史オタクとしての知識がパズルのようにカチリと組み合わさった。


永禄三年、すなわち西暦1560年。


1560年といえば、まさにあの歴史的番狂わせ『桶狭間の戦い』が起きる運命の年だ。


思考がショートしそうになる頭で、私は現状を理解しようと努めた。


どうやら私は目を覚ますと、1560年の尾張国の森の中にタイムスリップしていたらしい。


どういう原理かは全く分からない。


けれど、事実として私は今、血で血を洗う戦国時代のど真ん中に立っている。


パニックになりそうな恐怖よりも先に、私の胸の奥から湧き上がってきたのは、オタク特有の抑えきれない興奮だった。


ここは、私の最推しである織田信長様が生きている時代なのだ。


しかも、歴史が大きく動く桶狭間の直前。


「もしかして、本物の信長様に会える……!?」


私がノートを両手で握りしめ、目を輝かせたその時だった。


「おい、そこの女! 見慣れぬ服を着ておるな。何者だ!」


背後から響いた野太い怒声に肩がビクッと跳ねる。


振り返ると、三人の柄の悪い足軽たちが、ギラギラと光る槍の穂先を私に向けていた。


博物館のガラスケース越しにしか見たことのない本物の刃が、私の鼻先数センチのところまで迫っている。


「今川の乱破か! 密偵め! 怪しい奴、出会え、出会え!」


「えっ、ちょっと待って! 私はただの高校生で……きゃあっ!」


弁明する間もなく、屈強な足軽たちに取り囲まれ、私は両腕を乱暴に掴み上げられた。


「やかましい! 怪しい奴は清洲城へ引っ立てい!」


清洲城。


その単語に反応する間もなく、私はズルズルと街道を引きずられていく。


推しに会えるかもしれないという興奮は一瞬で吹き飛び、私はこれからの自分の運命に絶望しながら、戦国時代の空の下へ叫び声を上げたのだった。


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