第11話:未来の天下人に、ちょっとインタビュー
「わしは……わしはもう、戦などしたくないのじゃ! なぜ皆、殺し合わねばならぬ!」
雨の降りしきる木立の陰。
限界を迎えた松平元康の口から、ついに悲痛な叫びが漏れた。
ポロポロと涙をこぼす若き日の家康。
いや、今はまだ今川軍の過酷な最前線で使い潰されている、可哀想な中間管理職の元康だ。
私は借り物のわらじを履いた足を崩し、泥だらけの彼と同じ目線になるようにしゃがみ込んだ。
ここからが、コンサルタントとしての腕の見せ所だ。
現代のビジネスにおいて、限界まで疲弊した現場の人間から本音、つまりリアルな機密情報を引き出すための最強のスキル。
それは「立派なアドバイス」でも「おだて」でもない。
徹底的な『傾聴』と『共感』だ。
「沓掛城で、総大将の今川義元様は休息を取っておられるんですね」
私がゆっくりとうなずきながら、彼の言葉を否定せずに受け止めると、元康は「そう! そうなのじゃ!」と前のめりになった。
「わしらが丸根や鷲津の砦に睨まれながら、胃がちぎれそうな思いで運んだ兵糧も、大高城の上役どもは当たり前のように受け取るだけじゃ。後方で安全にしている者には、この冷たい泥水の味など一生わからぬ!」
「最前線で命がけの働きをしたのに、正当に評価されない。それは……お辛いですね」
私が少し悲しそうな表情を作って相槌を打つと、元康はせき止めていたダムが決壊したように言葉を紡ぎ始めた。
「家臣どもは『三河の誇り』だの『決死の覚悟』だのと勇ましいことを言うが、とうに体力の限界は超えておる。馬も兵も、泥に足を取られてすぐには動けぬほど消耗しておるのだ。わしは、あいつらを無駄死にさせたくないのに……!」
元康はついに両手で顔を覆い、子供のようにしゃくり上げ始めた。
……ビンゴ!
私は内心でガッツポーズをしながらも、表情はあくまで「心優しい村娘」をキープした。
『今川本隊が前線から距離を置いているという隙』と『三河先鋒部隊の疲弊』。
桶狭間前夜における、今川軍最大のアキレス腱。
その最も価値のある生きた情報が、見事にすべて引き出された瞬間だった。
少し離れた草むらの陰で、そのやり取りを一部始終見ていた男がいた。
木下藤吉郎だ。
彼は震えを忘れ、ポカンと口を開けて私の背中を見つめていた。
な、なんだあの小娘……!
おっかねえ三河の武将が、ぽろぽろ泣きながら軍の機密をペラペラ喋っとるだわ!
藤吉郎にとって「人の懐に入る」とは、大げさに褒めちぎり、地面に額をこすりつけ、道化を演じて相手の自尊心を満たすことだった。
しかし、目の前の史花は違う。
ただ静かに相槌を打ち、相手の言葉を繰り返し、寄り添うだけ。
それだけで、頑なな武士の心の鎧をいとも簡単に脱がせてしまったのだ。
恐ろしいだわ……。
あの史花様って女、オラとは全然違うやり方で、人の心を丸裸にしちまう。
あんな化け物みたいな人心掌握術、見たことねえぎゃ……!
藤吉郎の心の中に、私に対する単なる「不思議な女」から「得体の知れない恐ろしい軍師」への明確な畏怖が芽生えていた。
「元康さん」
私は泣きじゃくる元康の肩に、そっと手を置いた。
「辛いでしょうけど、あなたのその胃痛と、部下を思いやる気持ちが報われる日は必ず来ますよ。だから、今は無理しないで、大根畑の夢でも見ながらゆっくり休んでくださいね」
私はにっこりと微笑み、元康に深く頭を下げてから、きびすを返した。
「ま、待て! そなた、名はなんというのだ……!」
背後から元康の呼ぶ声が聞こえたが、私は振り返らずに森の奥へと駆け込んだ。
「藤吉郎くん! 帰るわよ!」
草むらに隠れていた藤吉郎くんの背負子を掴むと、彼は「ひぃっ、はいぃ、史花様!」と、先ほどまでとは違う、ひどく敬意の入り混じる声で返事をした。
私たちは雨の降りしきる尾張の街道を、一直線に清洲城に向けて走り出した。
心臓が早鐘のように鳴っている。
恐怖からではない。
歴史のパズルが、すべて私の手の中で組み上がった興奮からだ。
兵糧の限界という「現実」。
家臣たちの不協和音という「課題」。
そして、最前線の疲弊と、総大将・今川義元の後方滞在という「勝機」。
さあ、信長さん。
ポンコツなあなたを、後世に誰もが震え上がる第六天魔王と呼ばれる男へとプロデュースするための、最高の舞台は整ったわ。




