第14話 「長男・一誠Ⅱ」
誠司が三人の息子を集めて相続の話を持ち出した時、一誠は誠司がなぜそんなことを言い出したのか考え、自省すべきであった。周囲も自分も優秀だと思い込んでいる人間には自省しない欠点がある。一誠は今回の課題を”形式的な儀式”と捉え、二晴が融資を獲得してくるまで悠然としていた。事実そういう面はあったのだが、その前提が崩れた時、窮余に追い込まれた。大した挫折を知らない一誠には人生で初めての状況だと言っていい。
相談相手の香川は、丁寧に対応してはくれるが、どうにも反応は薄い。香川を除外すれば、こんな時に大きな問題を相談できる相手は社内に一人しかいなかった。誠司の長年のパートナーと言っていい営業部長の片山である。社内で唯一、誠司に苦言を呈すことのできる人間だ。
「片山さん、今回の融資の件で相談があるのですが、今いいですか?」
「おお。なら休憩室に行こうか」
オフィスで椅子に深くもたれかけていた片山は身を起こして立った。
「で、どうしようと考えてるんだ?」
「融資は銀行の確約が取れました。ただ…二晴も同じように融資を取り付けてます。しかもこっちより低い金利で」
「…それで?」
「これは大丈夫でしょうか?」
「親父はなんて言っている?」
「まだ何も話をしていません」
「一誠よ」
片山は、誠司の名前を呼んで、一瞬言葉を噤んだ。片山は今回の件は自分にも責任の一旦があると思っている。一誠が専務に就任した時、誠司とともに会社を去るつもりの身としては、一誠の後見人だと考え、なるべく一誠のやることに口を出さなかった。が、それは一誠を育てず放置していたとも言えた。今回の誠司のやり方を見て、片山もそのことに気づいた。
特にそれをより意識させられたのは三鷹の存在である。三鷹は、飲食店の仕入れや新規出店などに関してちょくちょくYUZUNOKIに訪れては片山に相談していた。片山はYUZUNOKI創業メンバーの一人だった。三鷹がYUZUNOKIで働いていた頃の指導員でもある。三鷹は片山のことを恩師だと思って慕っていた。
ある時、
「片山部長があの時、広告部に引っ張ってくれなければ私はずっと雑用アルバイトのままでした。あれは感謝してもしきれません。今の私があるのは部長のお陰です」
と三鷹に言われたことがある。片山からすれば、独立した後も自分を慕って相談してくる三鷹の成長を見るのは楽しみの一つでもあった。つまり社外にある三鷹が、片山の指導と薫陶を一番に受けていたと言ってよかった。
対して一誠はどうか。専務という立場に遠慮して、一誠を指導して来なかった。一誠も一誠で、誠司に関することで相談してくることはあっても、仕事のことで片山に相談することはなかった。優秀であるがゆえの欠点だった。こんな場合に三鷹ならどうするか。三鷹が一誠の立場であれば、誠司のもとに直談判に行き、
「親父よ、二晴が持ってきた融資の金利が低いからと言って二晴に跡を継がせる気じゃないだろうな?そんなことをしたら俺は会社を割るか辞めるかするぞ」
と言っていただろう。そんな我の強い性格だからこそ誠司とそりが合わないのだが、実のところそう言われて一番困るのは誠司なのだ。片山にはそれが視えていた。やはりこれは出来レースなのだ。一誠はドンと構えていたら良い。ただ今のままでは困る。誠司がこんなことを言い出したのも一誠に対する不満からなのだ。
「一誠よ、お前は今回のことで反省しなきゃいけないことがあるんだぞ」
「……それは何でしょうか?」
謙虚に訊いているように見せて、内心はまったく自分が悪いと思っていない。片山は”そんなことだからお前はダメなんだ!”と怒鳴ってやりたい気持ちになった。気持ちを抑えて指導しなくてはならない。
「お前は専務になって結構経つが何をやっている?」
「それは」
「いやいや、日々の業務について訊いているんじゃない。YUZUNOKIを成長させてきたかってことだ」
「毎期きちんと成長させてきてます」
「なら今後YUZUNOKIはどうなる?今の3倍5倍10倍と大きくなっていくのか?なりはしないだろう。いつまでもワシや親父がいるわけじゃないんだ。いなくなった時どうする?今の現状維持のままやっていくのか?毎日の業務をこなすことだけで、店舗を100店舗200店舗と大きくしようと考えたことはなかったんじゃないのか?これからお前がしないといけないことはそういう野心を持つことだぞ」
一誠は返答する言葉に詰まった。実は、一誠はこの後、各店舗の店長やバイヤーたちと相談して作った計画書を見せて片山のお墨付きをもらおうと考えていた。ところが片山はそれを見透かしたように「お前の小さな考えじゃダメだ」と言って来ている。実際、計画書の中身は「お客様が喜ぶより良い店舗作り」「仕入れ・品出し業務の効率化」仕入れ先の新規開拓」「人事案」etc…といったような内容ばかりで、会社自体を大きく5倍10倍にしていくという構想はなかった。つまり店長レベルで考えることであって、社長の考えることではない。つまり店長レベルでは優秀だが、経営者レベルでは物足りない。それが顕著に表れている計画だった。
基本的能力は高い一誠である。片山の言葉の重さにすぐに気づいた。これは早急に考え直さなければならない。だがもう店長たちと相談する時間はない。週明け月曜までに一人で考え出さなくてはならない。一誠は身体が重たくなるのを感じていた。
「わかりました。反省します」
そう言って一誠は席を立って出て行った。
一誠の後ろ姿を見ながら片山は、大きくため息を吐いた。片山にしてもYUZUNOKIに人生を賭けてきた。一誠が専務に就くまで名実ともにYUZUNOKIのNo.2だった。YUZNOKIの成長を加速させていたのは片山だと言っても良かった。片山が誠司に逆らうようなことがなかったためワンマン経営のようになっているが、誠司の片腕としてその手腕を発揮してきたのは間違いない。現に一誠が専務に就いてから成長が鈍化している。片山にとってもYUZUNOKIの行く末は心配なことであった。
(一誠は優秀で整い過ぎている。そういう意味では二晴が社長になった時の方が面白いかもしれん。二晴を社長にしてワシが支えていけば……)
誠司と同様に仕事人間として歩んできた片山自身も会社を去ることに侘しさを感じていた。その侘しさゆえの考えであったが片山にその自覚はなかった。




