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第13話 「長男・一誠Ⅰ」

 柚木一誠は幼い子供の頃から優秀だった。


 地元の公立小学校の中では群を抜いた成績で、中学校・高校は県内でも指折りの進学校に楽々と入学した。一誠・二晴・三鷹の母親は、団塊世代の中では珍しく国立大学に進んだ後、小学校の教師となった。当時の大学進学率や働く女性の社会的立場からか、高い学歴を持っていることは誇りだったのだろう。教師ということもあって息子たちの教育方針は学歴至上主義であった。


 その中で長男の一誠の優秀さに浮かれ、溺愛した。一誠は母親の愛情と教育を一身に受け素直に育っていった。小学生の頃から毎年母の日には貯めた小遣いを遣ってカーネーションをプレゼントしてくる愛くるしさに、成績優秀。父・誠司の方針で地元の空手道場に通わせてみても、道場主からは筋が良いと褒められる。加えて品行方正で問題など起こしたことがない子供だった。一誠が中・高校と県内有数の進学校に入学した時の母親は有頂天だったと言っていい。


 反して次男の二晴はどうか。学校の成績も良くなく、運動神経も悪かった。何をやらせても優秀と周囲から褒められる長男と、何事も不器用な次男。我が子がかわいくないわけではなかったが、落胆することが多く、無意識のうちに長男と次男に接する態度に差ができていた。


 優秀な兄とそれを溺愛する母親。見劣りする自分自身と、それをフォローしてくれる筈の母親は兄と比べて自分にはそっけない態度。二晴が子供心に劣等感を抱くのは自然なことだった。二晴が悪かったわけではない。自分は自分であり、兄は兄である。自分にできることを見つけ、それを伸ばしていく。劣等感を拭い去るにはそれしかなかった。成長した大人でも難しいことを、子供の二晴が一人でできるわけがなかった。これで子供の心が歪むのは当然だった。


 その歪んだ矛先がどこに向いたか。自分より幼く弱い三鷹である。子供は時に大人より残酷だ。自分では自覚できていない。どうあっても拭いきれない劣等感を、自分よりさらに幼い三鷹にぶつけていった。三鷹は小学校に入るか入らないかくらいの頃から、母親の目の届かないところで毎日兄からバカにされ殴られていた。陰鬱なイジメと言っても過言ではなく、通常であれば二晴以上の大きな劣等感と歪んだ心を持つ子供になっていただろう。


 だが、三鷹は弱くなかった。弱くなかったと言うより、その隠れた才能は一誠以上だったのだろう。毎日、馬鹿にされて殴られ、自我が芽生える頃に育った心は、嫌悪感や憎しみと猜疑心。そして人の顔色や感情に考えを見通そうとする能力だった。


 劣等感を持ち、その矛先を弟に向ける兄と、身体的には次男に適わなくとも心の強い弟。三鷹が親の手に余るほどの我の強い人間に育つのは至極当然だと言っていい。そして自分は優秀だと信じこんでいて、出来の悪い弟たちだと二人を見下す長男。これで兄弟仲が悪くならない方が不思議な話だった。すべては母親の学歴至上主義と偏向した溺愛から来ているものだった。加えて言えば、一誠以上の才能と強い心を持った三鷹の、一誠以上に優秀な人間として育ったであろう将来を、母親自らが摘み取ってしまっていた。


 仕事人間で、休日もなく働きづめの父親である誠司にはこうしたことに関してまったく気づかなかった。見ていたのは、自分の会社を継げるかどうかの一点だけである。学歴には興味がない。全ては仕事ができるかどうかで、誠司は息子たちが働く年齢になるまで待ち、そこからは自分が教育していくつもりだった。


 その第一号が一誠である。


 誠司は、一誠がYUZUNOKIに入社してきて、レジや総菜製造、店内掃除に陳列などといった業務から始め、そのうち店舗運営全般、仕入れ、経理等をやらせてきた。それぞれの現場を任せている社員たちは社長の息子だからと忖度するような人間ではなかったが、念の為にと、他の社員より厳しく育ててやって欲しいと指示を出していた。その社員たちからの評判は悪くなかった。なんでもソツなくこなす。いや、他の社員より良い成果を出してきていると言っていい。そうして一誠が入社してきて10年ほど経った頃、誠司はこれなら大丈夫だろうと、何の役職もつけていなかった一誠を一気に専務に就任させた。


 ワンマン経営だったこともあるが、社員たちには概ね受け入れられた。一誠の専務就任を告知した朝礼で、長年番頭役を務めてきて来た営業部長の片山が「これからは一誠を専務と呼び、みんなで支え、成長させていく」と言ってくれたことが大きかった。


 それから数年間、一誠には何の問題もなかった。会社は少しずつだが成長はしている。大きな問題も失敗もない。だが誠司には不満が徐々に積み重なってきていた。


 (問題が起きてないことが問題なんだ。むしろ失敗していないことが問題なんだ)


 それはつまり挑戦していないということであった。まだ若い一誠を専務に一気に就けた時、誠司には会社を成長させてくれるだろうという思いと期待があった。信用も金も学歴もなく、身一つで事業を起こし大きくしてきた誠司にとって、自分が一誠の年齢の時にこれだけの有効活用できる土台があればどれほど会社を発展させることができただろうか。今の5倍は軽く大きくできたのではないか。今でも確かに成長はしているが、前年対比で5%や6%の成長では話にならない。


 (これではまるで官僚ではないか。なんでも出来る優秀なやつだと思い喜んでいた自分が恥ずかしい。必要なのは大改革を行える強い政治家だ)


 そういう考えに至った頃に発覚した癌であった。


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