真夜中のファミレスに集まる六人
真紀はそのまま戸田静香とのLINEを続けた。
『戸田さん、大丈夫? まとめサイトの記事は今、私も読んだよ』
『榎本さん、今夜もあの音楽は鳴るんでしょうか? そしてまた誰か亡くなるんでしょうか? 考えただけで眠れそうになくて……』
『偶然……だと思いたいけれども、こう連続してしまうと、なんか怖いね』
『あの、厚かましいお願いだとは思うんですけど、今夜、榎本さんのお家にお邪魔できないでしょうか? もしくはうちに来ていただくか、……狭い部屋ですけど』
真紀は知り合ったばかりの静香を家に招待するのが少し怖かった。
ホラー映画やホラー小説だって、弱々しく見えた人間が実は真犯人で、急に牙を剥くなんてことは良くある。
自分の部屋に静香を呼ぶことも、自分が静香の部屋を訪ねることもどちらも怖かった。
でもあの華奢でフラフラの静香を思い出すと、その願いをむげに断ることもできなかった。
『もし良かったら、市役所の向かいのファミレスでどう? うちの会社はお盆休み交代で取るから、私、今日から三連休なの』
真紀は『三連休なのに用事はないのかって思われてしまうか』とちらっと思った。
けれどもすぐに『是非お願いします』という返信が来た。おそらく静香はそれどころではないのだろう。
唯一の懸念点『夜中起きていられるだろうか』とも考えた。二十三時を過ぎたらまぶたが重くなり、いつも起きていられないのだ。
でも今日は会社が休みで、朝起きたのもいつもよりかなりゆっくりだったし、お昼ご飯の後、少しだけうたた寝もしたから大丈夫かな、とも思った。
そして何よりも知り合って間もない人と一緒に過ごすのに、どちらかの家よりはずっとマシだと思った。
◻︎ ◻︎ ◻︎
自動ドアを開けると、『ピヨピヨ、ピヨピヨ』というヒバリの鳴き声のようなファミレスの入店音が流れた。
店内を見回すと、静香はもう席に座っていた。この間と同じく顔色が悪い。
軽く手をあげて近づくと、彼女の手前にもう一人座っていることに気がついた。
この間のハゲのデブっ!
頭の中の記憶とつながるのと同時に、そのおじいさんが目の前の静香の視線に気付き、振り向いて真紀に向かって手をあげた。
「おう、姉ちゃん、久しぶりだな」
こんな親しげに挨拶を交わす間柄ではない。
静香の表情を盗み見ると眉がへの字に下がり、明らかに困っている様子だった。彼女が呼び出したとかではないのだろう。
「こんばんは、あれ、お二人はお知り合いだったんですか?」
わざとらしく尋ねてみると、おじいさんが声を張り上げた。
「いやいや、違う違う。今日が二回目。ハミレスはコーヒーがただで何杯でも飲めるっていうからよ、今日こそ、『夕焼け小焼け』の発生元を見つけてやろうって思って、ここのハミレスに来てみたら、こっちの姉ちゃんがいたってわけよ。そんでワシが『相席いいか』て声かけて、なぁ?」
……なるほど。
偶然見かけた、『他人』のテーブルに相席するなんて、図々しいというか、なんていうか。この年代の男性特有のものだろうか?
「あら、あらあら、まぁまぁ、皆さん、サリューこんにちは、お揃いでどうなさったの?」
真紀の背中越しに甲高い声が響いた。
先日肌荒れを心配なさっていたマダムが、今度はオレンジ色の帽子を被って立っていた。
漫画や小説でもあるまいし、待ち合わせをしたわけでもないのに、まさかこんなところで偶然全員集合するなんて。まるで、何かに引き寄せられたかのようで、真紀の背中に冷たいものが流れた。
「っしゃぃせー」
やる気がなさそうな店員が『早く座れ』とばかりにお冷を三つ運んできた。
静香の前にはすでに半分ほど口をつけたお冷のグラスがあった。
若い女性客の前に、年寄りの男性が座って、後から入ってきた中年女性である真紀が会話に加わり、最後に帽子のマダムだ。
四人の関係性はいまいち不明だが、知り合い同士がファミレスで待ち合わせをしたのだろうと思ったに違いない。
仕方がないので、そのまま真紀が静香の隣に座り、杖を持ったハゲの隣にマダムが座った。
四人掛けのテーブルの端に置いてあったタブレットを真紀が操作してドリンクバーを四つ注文した。
「えっと先日はご挨拶をしていなかったので、改めまして、私は、榎本真紀と申します」
「戸田静香です、二十二歳です」
「ワシは、堅岡重蔵、七十五歳、ハミレスは初めてだ」
「ワタクシは、源華子。年齢は……そうね。カタオカさんの年齢を三で割って、二を掛けて、プラス十歳よ」
なかなかに面倒臭いマダムである。
六十歳だって、年齢くらいすっと言ってくれれば良いではないか。
そして改めて考えてみると自分だけ年齢を口にしていないのが何か意識しているみたいで恥ずかしかった。でも今更言い出すのはもっと恥ずかしい。
ミナモトさんの年齢マイナス戸田さんの年齢です、って言った方がいいだろうか。
それからカタオカさんのハミレスについても『ファミレスですよ』と訂正した方がいいだろうか、そんなことはわざわざ言わない方がいいのだろうか。
「あ、それじゃあ、ドリンクバー持ってきます。皆さんコーヒーでいいですか?」
気を利かせた静香の申し出に、マダムが「メルシー」と言いながら軽く微笑んだ。カタオカさんはどっかり座ったまま、腕を組んで頷いた。
真紀は……偉そうだな、おいこらハゲ、と心の中で悪態を吐きながら、静香に向かって一緒に行くよと手伝いを申し出た。
ホットコーヒーを二つずつ、合計四つテーブルに持って行くと、ハゲとマダムが何故か異様に意気投合していた。
絶対原因を突き止めましょう、とかなんとか息巻いている。
真紀と静香も真夜中のメロディーの原因を突き止めたいのは山々だったが、この二人のテンションにはついていけないと心の中で思った。
けれども、今更テーブルを別にするわけにもいかないので、四人掛けのテーブルにとどまり、ホットコーヒーを啜り、堅岡の現役時代の武勇伝やマダムのおフランス旅行の自慢話を黙って聞いた。
どうしてこう年寄りっていうものは、過去の栄光を嬉々として語りたがるのだろう。
聞かれていないことは喋らない、真紀は数年後の自分への心の中で言い聞かせた、リアクションの薄い静香が何を考えているのかは読めなかった。ただ静香はいつまでもホットコーヒーに口をつけずふうふうと息を吹きかけ冷ましていた。猫舌なの?
さっき部屋への訪問を断ってしまったこと、ホラー映画の真犯人なんじゃないかなんて疑ったこともごめんね、真紀は心の中で詫びた。
二人の武勇伝と自慢話を、聞くともなしに聞いていたら、男女が言い争っているような声が近づいてきた。
「いいから、ここは僕一人で大丈夫だから、君は帰りなさい」
「いいえ、お供します。そもそも防災無線は私の担当です」
先日市役所で会った馬締課長と、あの時の受付の女性だった。
こちらが気づいた瞬間、向こうも同じタイミングでこちらに気がついた。
軽く会釈すると、向こうの二人も会釈を返してくれた。




