死は二時半に訪れる
草木も眠る丑三つ時に流れる『夕焼け小焼け』のメロディー
この不気味な出来事がSNSで話題になっている。
真夜中に音楽が流れるだけなら単純に機械の誤作動か、担当者の誤操作だろう。
ところが、それだけではなかった。
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真夜中に夕焼け小焼けが鳴り始めて三日後、真紀は市役所へ足を運んだ。
クレームをつけてやろうなんて気持ちは毛頭なかった。
ちょうど住民票を取得しなければならない用事があったので出向いたのだ。
もともと取得していた有給休暇の日だった。
暑いなぁ。会社への通勤の時や帰りも暑いけれども、日中の日差しは朝晩のそれとは段違いだ。
ジリジリと肌を焼くような日差しが容赦なく襲いかかってくる。
なるべく日陰を選んで歩いたけれども、市役所に着く頃には額や首筋に汗が滲んだ。
「ああ、涼しい……」
市役所の冷房で一息つくと、窓口で頭髪が薄く恰幅のいい杖を持ったおじいさんが大声を出して怒鳴っていた。
身も蓋もない言い方をするならば、ハゲのデブだ。
「だーかーらっ、一体どうなってるんだってんだよ、担当者を出せ」
口から泡を飛ばすような勢いで怒鳴り散らかしている。血管が切れたりしないかしら? っていうかよくあんなに感情的になれるもんだ。
そんなことを思いながら、真紀はそのおじいさんを見つめた。
「本当に、もう三日も連続じゃない、ワタクシの繊細なお肌が荒れちゃいそう。いい加減にしていただきたいのよ」
「私、睡眠障害で眠りがとても浅くて、一回目が覚めてしまうと、そのあと寝付くことができないので……あの、すごく困ります」
紫色の鍔の広い帽子を被った甲高い声のマダム風の女性と、顔色の悪い痩せた若い女性が続けた。
ああ、例の真夜中のメロディーに対するクレームか、窓口の人も大変だな、そう思いながら、少しだけその一団に近づいてそっと話を盗み聞いた。
「こちらの夕方のメロディーは、緊急時に放送が確実に行えるように、防災行政無線の設備が故障していないかの確認のために、毎日十七時に流れるように設定しております。改めて確認をしたのですが夜中の二時に流れるような設定は一切ございませんでした」
おそらく管理職であろう男性社員が出てきて、窓口の女性と説明を代わった。
「はぁ? お前らじゃなかったら誰が流すっていうんだよ、そう言うのが責任転換っていうんだよ、ったく『親方日の丸のお役所仕事』野郎どもめ」
「ちょっとご主人落ち着いて、それを言うなら『責任転嫁』ですわ。それにメロディーはこちらの市役所からではなく、海沿いの方から聞こえてましたよ、おそらくあそこの工場です。ワタクシは市役所側から行政指導をしていただけないかと思って、本日伺いましたの」
「え? 海沿い? 工場の方ですか? それは違うと思います。県立仙石北高校の方から聞こえてきてませんか?」
三者三様の言い分にたまらず真紀も口を出してしまった。
「市役所からでも、海沿いの工場の方からでも、県立高校でもないと思いますよ。大年寺山の方じゃないですか? 私、初日は寝ぼけていてよく分からなかったけど、昨日も一昨日も窓開けて聞きました。間違いなく大年寺山の方からだと思います」
市役所から見て、海沿いの半導体工場は東側の方だ。そして大年寺山は西側、県立高校は北側だ。
なんでこんなバラバラなの? 風に乗って音が届いているからなのだろうか?
「とにかくメロディーの発生源を確認して、必要であれば行政として指導を行います」
担当の馬締課長の名刺を貰い、真紀たちはその場を離れた。きっちりした七三分けに黒縁の眼鏡。本当に真面目そうな馬締課長だ。
隣に立っていた顔色の悪い若い女性、戸田静香さんがフラつき、真紀が支えたこともあり、そのまま市役所の最上階にある食堂でお茶をして、それからLINEの交換もした。
おそらくもともと華奢なのだろう、その上、ここ数日の睡眠不足の影響なのか、目の下に深いクマを作っていてフラフラしている静香が心配で、真紀は少しおせっかいかと思いつつ、それでも持っていた甘いグミと塩分タブレットを静香の手に押し付けた。
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『榎本さん、小峠町の噂話のまとめサイトって見ましたか?』
静香から真紀にLINEが来たのは、市役所で会って三日後、午前二時に夕焼け小焼けが流れるようになってから六日目の夜だった。
『噂話のまとめサイトって?』
そう返事をする前に、『小峠町、噂話』で検索すると、あるサイトがヒットした。
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【小峠町の奇妙な噂】
午前二時に流れる夕焼け小焼け。
音の発生源がどこなのか、誰も知らない。
市役所に聞き込んで見たけれども、市役所で設定したものではないという。
考えうるいくつかの施設に突撃取材を試みた。
①海沿いの半導体工場
ここは朝の九時にラジオ体操を行っている。担当者の話では何件か問い合わせがあったらしいが、深夜二時のメロディーには心当たりがないという。
②県立仙石北高校
授業開始、終了、予鈴などのチャイムの他に夕方十八時に生徒へ下校を促す放送を行っているが、やはり深夜二時には放送をしていない。
③大年寺山
梵鐘を、早朝六時に十八回、正午十二時に十二回、十八時に十八回鳴らしているけれども、それ以外は一切行っていない。例外は大晦日の除夜の鐘のみだという。
つまり、深夜二時の『夕焼け小焼け』は、どこの施設が何の目的で鳴らしているのかまったく謎に包まれているのだ。
とはいえ、深夜二時にメロディーが流れるだけであれば、単なる誤作動か誤操作の可能性が高い。
だがしかし、もっと奇妙な出来事が起こっている。
小峠町ではこの怪奇が起きるようになってから、毎日、人が亡くなっているのだ。
もちろん単なる偶然の可能性もある。むしろそうであって欲しいと筆者も願っている。
最初に多くの人があのメロディーを耳にした八月五日(月)、一人の老人が亡くなった。死因は老衰だ。
なんの不思議もない。この酷暑、例えエアコンを効かせていたとしても、老人には堪える。
亡くなったのは深夜二時半だった。
次の日、八月六日(火)にも人が亡くなった。若い男性だ。死因は心筋梗塞。ご遺族から市立病院の死亡診断書も見せていただいた。
死亡診断書には何ら不自然な箇所はなかった。れっきとした病死で間違いない。
あのメロディーの呪いだなんてオカルトじみたことをいうつもりはない。
ただ彼が亡くなったのもやはり深夜二時半だった。
八月七日(水)にも深夜二時半に人が亡くなった。働き盛りの四十代の男性だ。男性の職業はベテランのトラックドライバー。
青森県からの荷を深夜のうちに東京へ届ける予定だった。見通しの良い交差点での交通事故に疑問の声が上がった。
その翌日、八月八日(木)、若い女性が飛び降り自殺をした。これも深夜二時半。周辺のマンション住民がグシャっという大きな音を聞いた。
そして、昨日……八月九日(金)、チームと呼ばれる若者集団で抗争があり二名の尊い命が消えてしまった。時間は共に深夜二時半だった。
果たしてこれらは単なる偶然なのだろうか?
老衰、病死、交通事故、自殺、抗争、死因はそれぞれバラバラで偶然のように思える。
ただ一つの町で毎日人が亡くなる。同じ時間、深夜二時半に。
その少し前、深夜二時に誰も鳴らしていないはずの『夕焼け小焼け』が流れる。
本当に単なる偶然なのだろうか?
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今日、八月十日(土)は何事もないと良いのだが、と記事は結ばれていた。




