幕間: 賈詡は名将の下で輝く
私の名は賈詡 文和。
涼州生まれの、しがない文官だ。
異民族も共生する涼州で、危険な目にあいつつも、なんとか生き延びてきた。
このまま涼州に骨をうずめるのかと思っていたのだが、急に洛陽へ行くことになる。
なにやら董卓さまが、大将軍に呼び出されたんだとか。
あるいは戦に巻き込まれるかと警戒していたが、意外にも穏便にすんだ。
ただし天子さまをお守りすることになったので、それまで以上に気は抜けなくなる。
とはいえ、私は私の仕事をするだけだ。
そう思っていたのだが……
「賈詡 文和。お呼びと聞き、参上いたしました」
「うむ、よく来てくれた。まずは座ってくれ」
「は、失礼します」
なぜか董卓さまに呼び出された。
今まで話したこともなかったのに。
しかも話を聞くと、天子さまをお守りするに当たって、助言をしろとおっしゃる。
「ええっ! 私がですか?」
「ああ、聞けばお前、かなり目端が利くそうじゃないか。この難事を乗り切るため、その能力を活かしてほしいんだ」
「いや、私はしがない文官でして、そのような大役は――」
もちろん辞退しようとしたのだが、押し切られた。
どうやら董卓さまは、想像以上に私を高く買ってくれているらしい。
ならばできる限りのことはしてみよう。
側近に抜擢されて最初の課題は、兵力の確保だった。
現状、董卓さまは洛陽で最大の兵力を握っているが、状況によっては丁原などに逆転されかねない。
そこで将軍府に属していた兵を糾合したい、というのは分かる。
しかしその方策を提案できないでいると、董卓さまが自信なさげに素案を出した。
「例えば、俺の手勢をこっそり城外に出して、翌日にぎやかに入城させるってのはどうだ? そうすりゃ俺の力が増したと思って、兵どもが集まってくるかもしれねえ」
「おいおい、そんな夢みてえな話」
「そうですぜ。まるで子供だましじゃねえですかい」
董旻どのや牛輔どのは呆れているが、私は悪くないと思った。
「いや、案外いけるかもしれませんね。それなりに工夫をする必要はありますが」
「おっ、そうか! いけそうか。よし、それじゃあ牛輔とお前に任せるから、手配を頼むぜ」
「ええっ、マジすか!」
「……はい、微力を尽くします」
無茶振りだと思わないでもないが、知恵を振り絞って何かをなすのは、案外わるくない気分だ。
結局、その後の兵力水増し工作は、想定どおりにいった。
おかげで将軍府に属していた兵士も糾合でき、一気に発言力が高まる。
その一方で、丁原が対抗して兵力を増やそうとしているとの情報が入ってきた。
それを聞いた閣下が、さらなる無茶振りをしてくる。
「なんかこう、奴を追い落とす方法はねえかな。悪評を立てて失脚させるとか、弱みをつかんで脅すとか」
「いや、それはあまりに、悪どくないですか?」
「馬鹿野郎。これぐらい普通だぞ。俺たちは今、帝国の中枢にいるんだからな」
「いや、まあ、それはそうなんですけど……」
最初はなんと悪辣なと思ったが、閣下の言うことにも一理ある。
私も腹をくくると同時に、手が足りないので増援を求めた。
なんとかするという話なので、まずは自分の仕事に取り掛かる。
その後、謀略の下準備をしていたら、閣下が増援を連れてきた。
「李儒 子遠と申します。以後、よしなに」
「荀攸 公達です。董将軍の下で働くことになりました。よろしくお願いします」
「あ、賈詡 文和です。こちらこそよろしくお願いします」
え、荀攸どのって、潁川荀家の出身だよね。
少しでも役に立てばぐらいに思ってたけど、予想以上の大物で驚いた。
一体、どうやって口説いたんだろう。
聞けば、洛内で兵士の乱暴狼藉が、問題になっているという話だ。
私も噂は聞いていたが、想像以上らしい。
しかし宮廷が混乱していて、兵士に十分な手当てをできていないことが原因でもある。
そこで元々、何進大将軍の下で働いていた荀攸どのが、力を貸してくれることになったんだとか。
なるほど、それは心強いな。
ついでに私も勉強させてもらおう。
その後、兵士への手当てを整えつつ、綱紀を引き締めることで、問題は激減した。
その一方で、丁原の配下は暴れ続けていたので、謀略を仕掛けるのは簡単だった。
準備が整うと、閣下が朝議で問題を提起し、丁原は罷免される。
これで肩の荷が降りると思っていたが、甘かった。
「足元が固まったところで、ちょいとばかり改革をしたいと思うんだが、どうだろうか?」
「はあ? 何いってんだよ、兄貴」
閣下が唐突に、改革をしたいと言いだした。
董旻どのが呆れた声を上げているが、私も同感だ。
しかし閣下には閣下なりのお考えがあるのだろう。
ここで荀攸どのが、董卓さまに問う。
「董卓さまは、さらなる権力をお望みですか?」
「いや、それは望んじゃいねえ。むしろ俺は、とっとと田舎に帰りたいぐらいだ。だけどよ、いずれまた権力争いが始まれば、それに巻き込まれるかもしれねえだろ。それ以上に今、この国では多くの民が困窮してる。それをなんとかしてやりてえんだ」
自身の権力を高めるのではなく、民のために政治を変えたいとおっしゃる。
どうやら本気で言っているようだ。
結局、皆が協力することで一致したが、閣下自身、何をすればいいか分からないと言う。
それで現状の問題点を洗い出すことから始まった。
そうしたら、出るわ出るわ。
外戚や宦官の横暴に始まり、官吏の汚職や豪族の搾取など、枚挙に暇がない。
この国は相当にやばい状況にあることを、改めて思い知らされる。
しかし朝廷の改革が急務なのは分かるが、どのように進めるかで行き詰まった。
やがて天子さまに教育を施し、後ろ盾になってもらおうと閣下が言うが、皆は懐疑的だ。
しかし私は案外、行けるのではないかと思った。
「董卓さまは、あくまで天子さまの教導を、望んでいるだけなのですよね?」
「ああ、そうだ。下手に権力なんか求めても、関東士人の恨みを買うだけだからな」
「ならばその姿勢を喧伝しつつ、天子さまの話し相手として、招いてもらうのはいかがでしょうか?」
「おお、それができりゃあいいが、陛下が俺を招いてくれるかな?」
閣下は懐疑的だったが、私には目算があった。
今までの様子を見る限り、陛下は董卓さまを好んでいるように見えるからだ。
一見、ぞんざいに扱っているようだが、どこか楽しそうだった。
そしてその目論見は、見事に図に当たる。
陛下は勉強会を受け入れ、私たちは世情の実態や、過去の教訓などを教えるようになる。
それと並行して、朝廷改革も動きはじめた。
汚職官吏の取り締まりから始まり、兼併対策、徴税方法の見直しなど、それらは多岐にわたる。
基本的にその全ては、董卓さまの発案によるものだ。
閣下にはしばしば、未来を見てきたような言動があり、その場合は大抵うまくいく。
それはまるで、何か大いなる存在に、見守られているかのようだ。
もちろん閣下だけで全てが動かせるはずもなく、我らもずいぶんと汗をかいた。
おかげで国を立て直すことができ、士大夫として十分な満足感を得たと言えるだろう。
しかし我らも、寄る年波には勝てない。
最近は閣下が、しきりに故郷へ帰りたいと言っている。
これは遠くないうちに、涼州へ帰るつもりだな。
ならば私も一緒に退官できるよう、根回しをしておくか。
フフフ、閣下だけを逃がしはしませんよ。
董卓さまの下でこそ、私は輝けるのですから。
次回、ラストです。




