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ヤマト奇談集  作者: flat face
越前王朝
45/54

炊屋姫

炊屋姫はデザインをpixivにアップしています(https://www.pixiv.net/artworks/141145659)


   一


 大和(やまと)(せい)(けん)大和(やまと)(おう)(けん)を盟主とし、()(しま)(本州・四国・九州)の諸国が連合していた。

 雑多な難民たちが武装して建国した大和王権は、誰もが安住できる王道楽土を戦争によって築こうとした。

 その国是は(すめら)(みち)と呼ばれ、大和王権はそれを実現するため、聖戦に従事する常備軍を設けた。


 そうして八洲の大部分を征服し、大和政権は八洲に土着の()(じん)を代表する()(こく)として諸外国から認められ、大和王権の君主である(おお)(きみ)()(こく)(おう)とも称された。

 大和政権は超大国の(しん)(たん)(中国)を真似て中央集権を図り、本土たる畿内(うちつくに)(奈良県・京阪神)に権力を集中して畿内(うちつくに)(せい)(けん)へと再編された。

 しかし、海外に倣って(てん)(ぢく)(インド)の(ぶつ)(きよう)を国教にするかどうかが西(せい)(れき)の紀元後五四八年に議論されると、深刻な対立が生じた。


 皇道は八洲の(しん)(とう)や震旦の(じゆ)(きよう)で理論的に補強されていたが、国是が皇道であることに変わりはなかった。

 だが、仏教が国教化されれば国是たる皇道が蔑ろにされかねなかった。

 大王の(ひろ)(にわの)(おお)(きみ)が仏教を国教化すべきか諮問すると、(おお)(おみ)()(がの)(いな)()(いな)()は賛成し、(おお)(むらじ)(ものの)(べの)()輿(こし)()輿(こし)は反対した。


 それぞれ大臣は政界の、大連は官界の長だった。

 宗教者は知識人でもあり、稲目は仏教と結び付いた科学技術に関心を寄せ、先進国を模範にすべきとも考えていた。

 (ものの)()(うぢ)も私的には仏教を受け入れていたのだが、尾輿は国教とするのには賛同せず、諸大夫(まえつぎみ)(なか)(とみの)(かま)()(かま)()もそれに同調した。


 大和政権を構成する国々の王や首長は豪族となり、その一族には(うぢ)()が与えられ、畿内政権においても国政に参加した者たちは諸大夫と呼称された。

 (なか)(とみ)(うぢ)は大王の一族たる()()(うぢ)の祭祀を掌っており、その儀礼は神道に則っていた。

 諸大夫に政務を委ねていた広庭大王は、賛成派と反対派のどちらにも気を遣い、仏教を国教にこそしなかったが、その祭祀を国務の一つと位置付け、それを()()(うぢ)の担当とした。


 ところが、広庭大王の嫡男であった()()(だの)()()が位を継ぎ、三十代目の大王たる()()(だの)(おお)(きみ)になると、事態は大きく動いた。

 訳語田大王は太子として大事に育てられたからか、争い事を好まないで極めて穏やかだった。

 しかしながら、その裏返しとして優柔不断で、政務については専ら(ものの)(べの)(もり)()(もり)()(なか)(とみの)(かつ)()(かつ)()に任せていた。


 守屋は尾輿の息子、勝海は鎌子の弟で、訳語田大王は大連である守屋らの意見をよく聞き入れた。

 そうした中で天然痘が流行ると、これは仏教の国教化する危険を警告した祟りであると守屋たちに意見され、大臣たる()(がの)(うま)()(うま)()が建てた仏塔を燃やした。

 馬子は稲目の息子だった。


 もっとも、争い事が苦手な訳語田大王は蘇我氏と完全に敵対しているわけではなく、前妻たる(おき)(ながの)(ひろ)(ひめ)(ひろ)(ひめ)に先立たれると、馬子の姪である(かしき)()(ひめ)を後妻としていた。

 稲目は娘たる()(がの)(きた)()(ひめ)(きた)()(ひめ)()(がの)()(あね)(きみ)()(あね)(きみ)の姉妹を好色な広庭大王に娶らせており、広庭大王と堅塩媛の間に産まれたのが炊屋姫だった。

 堅塩媛と小姉君はどちらとも一族のため、広庭大王の寵愛を得ようとしたが、結果として姉妹で競い合うことになり、その競争は彼女たちの子女らに受け継がれ、彼らも他より抜きん出ようとした。


 炊屋姫も気丈であって才気走ってもおり、特に料理には並外れた才能があった。

 そのことから趣味で皆に料理を振る舞うようになり、周りも明るくて世話好きな炊屋姫に好意的だった。

 中には求愛する者もおり、炊屋姫は訳語田大王に嫁ぐまで(あな)()(べの)()()と恋仲にあった。


 穴穂部王子は堅塩媛と競い合った小姉君の息子で、彼も兄弟や従兄弟と競争して頭角を現し、周囲から高く評価された。

 それが穴穂部王子に自分の力を過信させ、自信に満ちた彼は軽率なほど開けっ広げだった。

 ただ、そのようなところが穴穂部王子をして炊屋姫の魅力を素直に賞賛させ、穴穂部王子も炊屋姫に求愛した。


 競い合う仲の穴穂部王子がその関係をものともせず、大胆に告白してきたことに炊屋姫も絆され、彼にその身を委ねた。

 炊屋姫は形の良い眉をしており、細い鼻梁は高く、桜色の唇は妖艶で、そこらにいる男よりも長身だった。

 豊満な胸は上衣を上向きに押し上げ、腰部は引き締まっていた。


 穴穂部王子は炊屋姫が差し出した手に指を重ね、彼女を引き寄せて接吻し、柔らかい口と生き物のような舌の感触を味わった。

 炊屋姫は穴穂部王子を押し倒して大きく脚を開くと、穴穂部王子の上に乗って腰を動かし、彼を頂点へ導いていった。

 彼女は喘ぎ声を漏らし、優美な乳房が揺れた。


 赤く色付いた乳首を穴穂部王子が下方から両手で摘まみ上げると、炊屋姫が背中を反らし、彼は強く締め付けられ、欲望を炊屋姫の中に放出した。

 何度か腰を痙攣させ、穴穂部王子は何もかもを出した。

 訳語田大王と結婚した炊屋姫は(かゐ)(たこの)(ひめ)(みこ)をらを産んだが、穴穂部王子は長子の貝蛸王女を自分の娘と信じていた。


   二


 優柔不断な訳語田大王は気が強くて才気走った炊屋姫のことを守屋や勝海と同じくらい頼りにした。

 炊屋姫が振る舞う料理の材料は大王の直轄地である屯倉(みやけ)から供給されていたが、その統轄は蘇我氏が担った。

 蘇我氏は()(がの)()()()()(みつの)(くら)の管理を任されるなど物流の事情に通じており、それを炊屋姫も学んでいた。


 満智は稲目の曾祖父で、三蔵とは神物を納める(ゐみ)(くら)、中央の官物を納める(うちつ)(くら)、地方からの貢物を納める(おお)(くら)だった。

 炊屋姫は蘇我氏の祖業から学んだことを活かし、訳語田大王に助言を与えた。

 そのような炊屋姫を訳語田大王は寵愛した。


 炊屋姫は訳語田大王にのし掛かり、屹立した彼のものをその潤った股間にうずめた。

 訳語田大王はこれまで得たことのない歓喜に包まれ、(まぐ)(わい)に耽って朝まで炊屋姫と閨を共にした。

 息子の(たけ)(だの)()()らが産まれ、炊屋姫はその地位を更に高めたが、それに嫉妬を抱く人間もおり、訳語田大王の寵臣たる()(わの)(さかう)(さかう)もそうだった。


 ()()(うぢ)は国家儀礼を担い、大和政権の国母である(もも)()(ひめ)の血を引いていた。

 しかし、蘇我氏や物部氏の後塵を拝しており、逆にはそれが不服で、何とか出世しようとした。

 そのために逆は上に媚びへつらい、下には冷酷に接した。


 そうして彼は他の諸大夫から非常に嫌われて疎まれたが、大王が執り行う儀礼を完璧に補佐し、訳語田大王からの信頼は篤かった。

 逆は訳語田大王が流行病に冒されて五八五年に崩御すると、彼の遺言に基づき、その(もがり)を取り仕切った。

 殯は埋葬までの一定期間、遺体を(もがりの)(みや)に安置する葬送儀礼で、訳語田大王の寡婦たる炊屋姫が喪主となった。


 逆はそれにより炊屋姫を殯宮に籠もらせ、自らは訳語田大王の代理であるかのごとく振る舞った。

 馬子や守屋は訳語田大王と同じく疫病に罹っていたので、その間に逆は勢力を拡大させていった。

 彼は後継の大王に訳語田大王と広姫の息子たる(ひこ)(ひとの)()()を推した。


 年少の彦人王子は傀儡にしやすく、逆が権勢を維持するのに都合が良かった。

 だが、蘇我氏らは炊屋姫の兄である(とよ)(ひの)()()を、物部氏らは穴穂部王子を推挙した。

 豊日王子は仏教の国教化に肯定的で、穴穂部王子は抜群の存在感と指導力があった。


 蘇我氏の血を引く穴穂部王子だったが、仏教の国教化には否定的で、物部氏と立場が近かった。

 穴穂部王子は訳語田大王から寵愛されたことを笠に着る逆に対し、死んだ大王にいつまで仕えているのかと皮肉を言った。

 逆は穴穂部王子を失墜させようと企んだ。


 彼は炊屋姫を慰問したがっていた穴穂部王子を殯宮に通した。

 穴穂部王子は炊屋姫が結婚してからも独身を貫いていた。

 久々に穴穂部王子と二人きりになった炊屋姫は、再び恋の炎が燃え上がり、手を伸ばす炊屋姫に穴穂部王子も応えた。


 二人ともこれが不義であるとは分かっていたが、それが彼らを更に燃え上がらせた。

 穴穂部王子と炊屋姫は貪るように唇を重ね、互いの体に腕を回し、抱き合ったまま床に倒れ込んだ。

 しかしながら、いざことに及ぼうとしたその時、配下の(はや)()たちを引き連れた逆が押し入ってきた。


 逆は二人を弾劾し、勇猛果敢な種族たる隼人たちに穴穂部王子を追い払わせ、炊屋姫を殯宮に監禁した。

 それから、穴穂部王子が炊屋姫を凌辱しようとしたとの噂を流した。

 彦人王子を推挙する豪族たちだけではなく、豊日王子を推す蘇我氏らも、その噂に飛び付いて盛んに吹聴した。


 そうして逆と蘇我氏らが手を組み、豊日王子が大王を務めた後、彦人王子が位を継ぐこととされた。

 炊屋姫が監禁されているため、彼女の証言で噂を打ち消すことが出来ず、穴穂部王子は隠忍自重を強いられた。

 そして、豊日王子が即位して(とよ)(ひの)(おお)(きみ)となった。


   三


 豊日大王の妻である(はし)(ひと)(ひめ)は穴穂部王子の姉だった。

 そのようなこともあり、逆の流した噂は、人の口に上らなくなっていった。

 頃合いと見た穴穂部王子は、回復した守屋と馬子に、逆を討つと告げた。


 炊屋姫を手中に収めた逆は、目に余るほど増長していた。

 守屋は穴穂部王子が逆を討つのに物部氏も荷担すると約束し、馬子はそれを黙認すると返答した。

 穴穂部王子は物部氏の軍勢ともども殯宮を襲った。


 配下の隼人たちだけではそれに対抗できず、逆は女装して殯宮から脱出したが、穴穂部王子たちに見付かって討たれた。

 そうして彦人王子が豊日大王の跡を継ぐ話は無くなったが、穴穂部王子がその地位に就くことはなかった。

 逆は訳語田大王に忠義を尽くしただけで、穴穂部王子と守屋は大王の忠臣を殺したと悪評を立てられた。


 今度こそ炊屋姫に弁護してもらおうとしても彼女は引き続き馬子によって監禁された。

 馬子は豊日大王に頼んで殯宮の警備を引き継いだ。

 炊屋姫がまた醜聞に巻き込まれぬようにするため、叔父として目を光らせるというのが建前だった。


 しかし、その真意は守屋と穴穂部王子を倒すことにあった。

 馬子には守屋に担がれた穴穂部王子を即位させる気などなかった。

 豊日大王が病を患って危篤に陥ると、仏教を深く信奉する義兄のため、穴穂部王子は(とよ)(くに)(ほう)()という仏僧を伴って見舞いに参上した。


 個人的に信仰する分には穴穂部王子も仏教を排除しようとは考えていなかった。

 豊日大王も義弟の心遣いを喜んだ。

 だが、馬子に遠慮して穴穂部王子を跡継ぎに指名することなく亡くなった。


 すると、炊屋姫が命じたと偽り、馬子は私兵たちに穴穂部王子を襲撃させた。

 その実績から炊屋姫は大王に準ずる(おお)(きさき)と見なされていた。

 穴穂部王子は兵士に肩を斬られ、隣家へ逃れたところを捕らえられたが、表向きは誅殺されたことになった。


 守屋は大王に担ぎ上げる候補を失い、政治的に孤立して馬子に討たれ、勝海も彦人王子を担ぐのに失敗して殺された。

 馬子は守屋を討つのに協力した(はつ)()(べの)()()を傀儡の大王とした。

 泊瀬部王子は穴穂部王子の弟で、即位して(はつ)()(べの)(おお)(きみ)になると、馬子から自立しようとして彼に暗殺された。


 次こそ大王が意のままになるよう馬子は炊屋姫を即位させた。

 女性の大王は初めてだったが、(おき)(なが)(たらし)(ひめ)(おき)(なが)(ひめ)(いい)(とよの)(いらつ)()(いい)(とよ)が大王を代行した前例があり、炊屋姫なら大王を務められると誰もが認めていた。

 それに、全ての邪魔者を片付けた馬子に刃向かうことなど不可能だった。


 炊屋姫も彼に言われるがまま即位した。

 彼女は穴穂部王子を人質に取られていた。

 死んだことになっている穴穂部王子は、馬子の私邸に幽閉され、炊屋姫は馬子に従う限り穴穂部王子に会わせてもらえた。


 馬子は炊屋姫と穴穂部王子を会わせる時は、彼女と共謀して脱走せぬよう彼を赤裸に剥き、両手足を大の字に縛り付けた。

 そのような穴穂部王子に炊屋姫も衣服を脱ぎ捨て、縛られたままの彼を跨ぎ、その上に馬乗りとなった。

 そして、炊屋姫の秘められた場所が穴穂部王子の屹立したものを含んだ。


 二人は荒い息遣いで腰を上下させて気を昂ぶらせ、大いに乱れて獣のごとく吠えた。

 やがて喜悦の頂に登り詰め、穴穂部王子から白濁した迸りが噴き出し、炊屋姫の口から歓喜の声が発せられた。

 媾合を終えた炊屋姫は、穴穂部王子の体に覆い被さり、彼の肩に両腕を絡げながら口吸いした。


 彼女は穴穂部王子ともども残りの人生を愛欲の内に過ごし、国政は馬子に牛耳られた。

 馬子は豊日大王と泥部媛の息子たる(うまや)(どの)()()を表に立て、裏で政治的な決定を悉く主導した。

 竹田王子は夭逝しており、貝蛸王女は厩戸王子のところに嫁いだ。



   註


*勝海が鎌子の弟とされる:『松尾社家系図』

*満智が三蔵の管理を任される:斎部広成『古語拾遺』


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