嘘をついているのは
もしかしたら、会社を辞めることになるかもしれない。それは、友達にさえ話さなかった。
まだ決まっていないし、混乱させるのも嫌だったから。いつものように仕事をして、友達と笑って、ごく普通の生活をしていたい。
そして、別件で誰にも言わず、ずっと悩み困っていたことがある。
私自身は離れたつもりでも、向こうはそのつもりがない。教団で、私を支配する立場にある、成田さんの存在。
彼女には、当然“取り巻き”がいる。
井沢さんほどではないにしても、多少の権力みたいなものはあった。
毎日ではないけど、自宅への電話は多かったし、日曜日には自宅に押しかけて来ることもあった。
平日夜の電話は、私がまだ帰宅する前に掛かってきたりすると、当然母が出ることになる。
帰宅した私に、
「また、成田さんて人から電話があったわよ」
「そうなんだ」
「よく掛けてくるけど、あの人、なんなの?」
「うん、会社の知り合い」
そんなことが日課になりつつあって、母は不信感を募らせた。常識で考えても、怪しいことは解る。友達でも、なんでもない人から、何故これほどまでに電話が掛かるのか。まして、親なら心配して当然だと思う。
ある日曜日。
自宅にいた私は、仕方なく、訪ねてきた成田さんと取り巻きの人たちに会った。
玄関先では、親に聞かれてしまう。慌てて敷地から道路へと連れ出して、話をすることにした。
「本当にもう、困るんです。お願いですから、来ないでください。電話も掛けてこないでください」
あまり気が強くない、むしろ弱い方の私だったから、そう言っただけでも頑張った方だった。
しかし、彼女たちがそれで諦めるはずがないと解っていた。
「私達は、何度でも来ますよ」
その据わった眼差しに、私はゾクリとした。
(この人たちの上に、井沢さんがいるんだ――)
いつも見せてくれる彼の表情と、少しもリンクしない。
思い出してみれば、前に私を勧誘してきた時の彼は、こういう目をしていた。
でも、でも……こんな表情、もうずっと見ていない。
鼓動が嫌な音をたて始める。
そして、成田さんは、最後に私にこう言った。
「井沢さん、困っていましたよ。椎名さんが来ないって。だからこうして、私達が迎えに来ているんじゃないですか」
……どういうこと?
“もう無理には誘わない”って言っていたのに。
私の気持ち、解ってくれているはずなのに。
嘘をついているのは、誰?




