親の不信感
連日の残業で、グッタリしていた私。とりあえず、食事は簡単に済ませて、お風呂に入ったらすぐに眠りたい。
無駄なことは考えたくなくて、普段通りに家の玄関を開けた。
「ただいまー」
私はいつもと変わらないけれど、どうも様子がおかしい。父と母が、リビングのテーブルで深刻な顔をしている。
“どうしたの?”と聞く間もなく、母が私を呼びつけた。
何事か……リビングに入った瞬間、テーブルの上に置かれている物に気付いた。
そこにあるのは、最初に教会に行ったときに貰った、教典と祈りを捧げるためのアイテム。
これは、私の部屋の、引き出しの奥にしまってあったはず。
「これは何か、説明しなさい」
怒りを押し殺す、母の声。私は言葉が見つからず、黙ってしまった。
母は、私が子供の頃から過干渉な人で、何か心配事があると、私の部屋を徹底的に探っていた。
いや。もしかしたら、普段から、私の部屋を見ていたのかもしれない。
(どうしよう……)
何とか、逃げる言葉を探そうと黙る私に、もうひとつ、証拠を突きつけるように、テーブルに叩き付けた。
「この井沢って男が、関わっているの!?」
母が叩き付けた物――それは、淳ちゃんと駅で見つけた、期限が切れた彼の定期券。
私はそれを、なんとなく捨てられず、持ち帰っていた。
私には、今まで男性の存在が身近になかったから、私の変化の原因が、その定期券の男のせいだと察したらしかった。
「アンタ、この男に誘われて、宗教に入ったの!?」
そう言った後、母の怒りは収まらない。
「よく電話してくる女とか、家に来る女とかも、宗教なの!? お母さんから話をするから、この男に電話をしなさい」
電話の子機を手にして、私に突き出す。母は昔から暴力に出る人だったから、抵抗をしない私を殴った。
「電話番号なんて知らない!」
「家の番号くらい、知ってるんでしょ!?」
「知らないよ!」
「じゃあ、明日、会社に掛けてやる」
「ちょっと、止めてよ! 会社になんて、掛けないで!!」
「お母さん、この男に一言言わないと、気が済まない!」
「お願いだから、止めて! 井沢さんは関係ないから!!」
懸命に訴えるけれど、怒り狂っている母には、私の声が届かない。何かを思いついたような顔で、私を見ている。
「アンタまさか……最近、残業だとか言って、本当は宗教に行っているんじゃないでしょうね!?」
母がこうなってしまうと、私の手には負えない。
発狂する母。
もしかしたら、母は“心の病”を持っていたのかな。今となれば、そう思えるけれど、当時は恐怖そのものだった。
散々喚いて、殴って、泣いて。
感情を抑えられない母は、容赦なく私を責め立てた。物で殴られることも、子供の頃から普通にあった。
でもそれは、普通のことじゃないんだよね。
父は、そんな母をどう思っているのか知らないが、昔から母の気が済むまで放っていた。
私はもう、教会には行っていないし、そもそも信じてもいない。何も関わっていないこと、その教典なども捨てて構わないことを、何度も何度も言って聞かせた。
でも、それで済むような母ではない。
「その宗教から抜けたという、証拠を持ってきなさい」
そんなの、無理だよ。
証拠って何?
どうすれば、納得してもらえるの?
何もかもに疲れ果てた。母から解放された時には、もう深夜を過ぎていた。
(助けてよ、井沢さん――……)
もう、私の味方なんて、誰もいないような気がした。




